絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

1 件中 1 - 1 件表示
カバー画像

……聞いてるよ。今も、ちゃんと。

朝のホームルームの前。教室の窓を開けると、秋の風が吹き込んできた。少し冷たいその風は、どこか、あの日と同じ夕陽の匂いを連れてきた。「……あれ? 今日、彼女休み?」後ろの席の誰かがそう言った。僕は思わず振り返った。そこにあるはずの席――彼女のカバンも、水筒も、もうなかった。代わりに、机の上には小さな折り紙の鶴が一羽、静かに置かれていた。あの日の放課後の、夕陽に染まった彼女の笑顔が頭から離れない。あの笑顔の奥に、ほんの少しだけ“さよなら”の影が見えた気がした。でも、まさか本当に――。「転校、するんだって」誰かの言葉が風に乗って、ふと耳に入った。心臓が一瞬止まったような気がした。黒板の文字がにじんで、チョークの音だけが遠くで響いていた。授業中、ノートを開いても、文字が全然頭に入らなかった。彼女の笑い声がまだ耳の奥に残っていて、それが幻のように消えそうで怖かった。放課後。誰もいなくなった教室で、彼女の席のほうを見た。夕陽が差し込んで、机の上に光が揺れていた。まるでそこに、彼女が座っているみたいに。机の中をそっとのぞくと、一枚の紙が残されていた。角が少し濡れて、文字はにじんでいたけれど、たった一行だけ書き残されていた。「ありがとうの続き、聞いてくれる?」胸の奥で何かがほどけていった。声にならない思いが、静かに息と一緒にこぼれた。「……聞いてるよ。今も、ちゃんと。」風がまた吹いた。窓から差し込む光が、彼のノートの上で揺れた。その光は、まるで――あの日の彼女の笑顔のように優しかった。さよならのあとにも、風は吹く。それが、誰かの想いを運ぶためだと知った。
0
1 件中 1 - 1