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親の認知症、受け入れられない…。その気持ち、正直に話せる場所はありますか?

「お母さん、さっきも同じこと言ったよ」 穏やかに、できるだけ優しく伝えたつもりなのに、心の中はざわざわと波立っている。 目の前にいるのは、確かに自分の親のはずなのに、時々、知らない人のように感じてしまう。思い出を共有できない寂しさ。話が噛み合わないもどかしさ。そして、しっかり者だった頃の親の姿が、幻のように遠ざかっていく悲しみ。 医師から「認知症です」と告知された時、頭では理解しようとしても、心のどこかで「そんなはずはない」と叫んでいませんでしたか? 親が認知症であることを、どうしても受け入れられない。 その気持ちは、決してあなたが親不孝だからでも、現実から目を背けているからでもありません。それは、深い愛情があるからこそ生まれる、あまりにも自然な心の痛みなのです。 「受け入れられない」のは、一種の“喪失体験” あなたが感じているその気持ちは、専門的には「曖昧な喪失(Ambiguous Loss)」と呼ばれる状態に近いかもしれません。 親は、確かにここにいる。けれど、あなたが知っていた親は、少しずついなくなってしまう。 この「いるのに、いない」という感覚は、心をひどく混乱させます。はっきりとしたお別れがあるわけではないから、悲しむことさえ許されないような気がしてしまう。 でも、あなたは悲しんでいいのです。 あなたが頼りにしていた、あの頃の親を失っていくこと。それは、紛れもない喪失体験です。その喪失を前にして、「受け入れられない」と感じるのは、当然の心の防衛反応なのです。 無理に「受け入れよう」としなくていい 周りの人は、簡単に言うかもしれません。「現実を受け入れて、前に進まないと
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