「お母さん、さっきも同じこと言ったよ」
穏やかに、できるだけ優しく伝えたつもりなのに、心の中はざわざわと波立っている。
目の前にいるのは、確かに自分の親のはずなのに、時々、知らない人のように感じてしまう。
思い出を共有できない寂しさ。話が噛み合わないもどかしさ。
そして、しっかり者だった頃の親の姿が、幻のように遠ざかっていく悲しみ。
医師から「認知症です」と告知された時、頭では理解しようとしても、心のどこかで「そんなはずはない」と叫んでいませんでしたか?
親が認知症であることを、どうしても受け入れられない。
その気持ちは、決してあなたが親不孝だからでも、現実から目を背けているからでもありません。それは、深い愛情があるからこそ生まれる、あまりにも自然な心の痛みなのです。
「受け入れられない」のは、一種の“喪失体験”
あなたが感じているその気持ちは、専門的には「曖昧な喪失(Ambiguous Loss)」と呼ばれる状態に近いかもしれません。
親は、確かにここにいる。けれど、あなたが知っていた親は、少しずついなくなってしまう。
この「いるのに、いない」という感覚は、心をひどく混乱させます。
はっきりとしたお別れがあるわけではないから、悲しむことさえ許されないような気がしてしまう。
でも、あなたは悲しんでいいのです。 あなたが頼りにしていた、あの頃の親を失っていくこと。それは、紛れもない喪失体験です。
その喪失を前にして、「受け入れられない」と感じるのは、当然の心の防衛反応なのです。
無理に「受け入れよう」としなくていい
周りの人は、簡単に言うかもしれません。
「現実を受け入れて、前に進まないと」と。
でも、「受け入れる」という言葉は、時として暴力的です。
それはまるで、あなたの悲しみや戸惑いを、無理やり心の奥に押し込めて、蓋をしてしまえと言っているようなものだから。
だから、無理に「受け入れよう」としなくて大丈夫です。
今はまず、「受け入れられない自分」を、そのまま受け止めてあげてください。
「そっか、私は今、お母さん(お父さん)の変化についていけなくて、すごく混乱しているんだな」 「昔の親に会えなくて、寂しいんだな」
そうやって、自分の感情を一つひとつ、丁寧に認めてあげること。 それが、あなた自身の心を守るために、何よりも大切なことです。
本当の気持ちを、話せる場所がありますか?
「親のことが、時々わからなくなる」 「昔の親に戻ってほしいと願ってしまう」
こんな本音は、なかなか人には話せないものです。
兄弟に話せば心配をかけるかもしれない。
友人に話しても、本当の意味では理解されないかもしれない。
そんな、誰にも言えない、自分でも認めたくないようなドロドロとした感情を、安心して吐き出せる場所が、今のあなたには必要です。
ジャッジされることなく、ただ「そうですよね、そう感じますよね」と、静かに受け止めてもらえる場所。
あなたのその気持ちは、決して間違っていません。 どうか、一人で抱え込まないでくださいね。