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失敗の数が多い人ほど、なぜ強い?

うまくいかない動画が続いたとき、「もう自分には向いてないのかも…」と感じてしまうことがあります。再生されない、伸びない、登録も増えない。頑張って出しても反応がないと、自信が持てなくなっていきます。でも、あとから振り返ってみると、“うまくいかなかった動画”にこそ、その人らしさがにじんでいたりするんです。 再生数30回の動画だって、発信者にとっては「そのときの精一杯」が込められています。あとでその動画を見返したときに、「この頃はこうやって迷ってたんだな」と思える。そのプロセスを通った人の言葉は、深みがあるし、説得力も変わってきます。もちろん、最初からバズを出す人もいます。でも、多くのチャンネルは「失敗と思えた投稿」の積み重ねで成長しているのが現実です。 たとえば、5本連続で伸びなかったあとに出した1本が、今までにないくらい自然に広がった——そんなケースはよくあります。それは「5本が失敗だったから」ではなく、「その5本で試行錯誤できたから」こそ、次の1本に気づきが詰まったということ。 数字だけで判断すると、つい「うまくいった/いかなかった」の二択で見てしまいがちです。でも本当は、「いかなかったように見えた動画」が、次の成長にちゃんとつながっていることがあるんです。失敗の数が多い人は、それだけ多く挑戦したということ。そして、やめずに続けたからこそ、後から強さになる。今、思うような結果が出ていなくても、焦らなくて大丈夫です。どんな動画も、きっと次につながっています。
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カードリーディングでYouTubeチャンネルを運営し、収益化を目指して挫折した時の話

「YouTubeで収益化を目指す!」そう言い出したのは、自分で作成したシフトが、残り14日になった時。「辞めます。」と急に辞職を申し出て、法律ギリギリで“店長”という職責を放った時だった。業務上、あまりにも理不尽が重なり、一周回ってヤケクソだった。会社や組織、真面目に働く事にも嫌気がさして、当時トレンドだったからこそ『YouTuberにでもなろう!』と気がふれていたのだ。更に当時、入信していた新興宗教にも嫌気がさし、面白いぐらい滅入っていた。私は小学生の頃から母の2世で、仏教系新興宗教信者だった。おかげで昔から、“目に見えない存在”を最優先すべきは、日常において当たり前の事になっていた。但しコロナ禍で、それは急変した。32歳の時だった。教義に基づき、宗教活動に日々励んでいた中。その行事が『密です』に該当する為、軒並み中止・禁止になった。それをきっかけに、宗教行事に充てていた時間を、興味のあった心理学を齧る時間にしていると、あろうごとか…新興宗教の信者を依存させる“トリック”がわかってしまったのだ。「ふざけんなよ!!!!」泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。踏んだり蹴ったり。傷口に塩。思い出すとおかしくて、笑ってしまう。けれども当時は本当に献身的に頑張って励んでいたが故に、20年程手口に引っかかっていた事実がショック過ぎた。『自分は一体何が出来るのか…』を完全に見失った状態。いきなりYouTuberになろうだなんて言いつつ、なんのチャンネルを作ろうか…と悩む。そんな時にいきなり、YouTubeのトップに“タロット”の動画が表示された。最初は、疑心暗鬼な興味本位で再生した。しかし当時の笑
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