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積極的傾聴を考える

―できていたのに手放したもの―傾聴とは、反応を超えて、相手を堪能すること「傾聴」とは、ただ黙ってうなずくだけの行為ではありません。相手の言葉に巻き込まれず、その内側に流れる感情や世界観を、まるで作品を味わうように受け取ること。それが、本来の「積極的傾聴」の姿です。 巻き込まれるとき、反応しているのは“自分の未解決”話を聞いているはずなのに、心がザワつく。怒り、不安、焦り……同じような感情が繰り返し湧いてくる。それは一見、相手への共感のように見えて、実際には自分の中の未解決な感情が反応している状態です。つまり「巻き込まれる」とは、相手の話を通じて、自分の古傷やトラウマがうずいているということ。この状態では、相手を本当の意味で観ることはできません。反射的な感情が前に出て、ただの反応になってしまう。もちろん、反応することでクライアントと一時的な調和が生まれ、安心感を与えることはできます。しかしその関係は、「話を聞いてもらえて落ち着くけれど、何も変わらない」──そんな停滞を生む危険性もはらんでいます。 堪能とは、「統合された自分」で共に在ること心がある程度統合されているとき、相手の語りを、自分の問題とは切り離して感じ取ることができます。そのとき私たちは、相手の話を物語のように堪能できるのです。なぜこの人はこの言葉を選んだのかどんな背景からこの感情が生まれたのかそうした考えが浮かぶとき、すでに私たちは「自分の中の物語」ではなく「相手の世界」に触れています。逆に、心が分断されたままでは、相手の話を聞いているようで、自分の記憶や反応を堪能しているだけになるのです。 ロジャースの「積極的傾聴」
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