デザイナー・哲学・宗教を考える
わが人生を取り巻いている環境の中で一体どう生きていったら価値ある豊かさを手中にすることが出来るであろうか・・・を考えてみたい。 「価値ある豊かさ」をどう定義していけばいいのか、ある雑誌のアンケートによると、「幸福になりたい、」「運命をよくしたい」そのために今「信仰」しているという。なにを信仰しているかは別として。すべからくすべての人は「信仰」していると私は思っています。○○教とか○○会などといった既存の宗教、新興宗教を信じている人もいれば、何も信仰していない「無神論者」という「信仰」をしている人もいる。その他「師」のいうことを信仰している、金がすべてといった物質を信仰している人もいる。 つまり人はすべて信仰しているのであって、その「信」が揺らぐことないように日々生きているという事になる。 いずれにしても人の信仰態度はおおむね自らの幸福、自らの運命好転というものを目的としていて、「人格、人間性の向上のために」と答える人はすこぶる少ないのである。幸福になりたい、運命をよくしたいと思う事は人間の本能だといってもよい。 しかし、多くの人が忘れている、というより知らないことがある。それは運命というものは「心が変わらないと運命も変わらない」という事である。 神社仏閣にお参りしても、心で日々念じてみても、自己啓発セミナーに行っても、それで運命が良くなることはない。もし、良くなったという人がいたとしたら、そのひとがそうしたことによって多少なりとも「心が変わった」からである。 運命を変えるという事は、将来の形を変えるという事である。 これらの運命という事に対して古代の人々はどのように考えてい
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