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逆。

なんかさ〜〜皆んなさ、「本当はどうでもいい」って人にほど、気をつかってない?そこで気を使いすぎてストレスを溜めて、身近な甘えられる人に、無意識のうちにやつ当たったりしてない?自分も気づかぬうちにそーゆーときもあったと思います…m(._.)m反省………(-.-;)逆ですよね完全に。本当は、甘えられるほど自分にとって大切な存在の人間にこそ、本当の気をつかうべきなんですよね〜。“親しき中にも礼儀あり”“親しき中にこそ、礼儀あり”ですね。これが中々難しいんですが、絶対に気をつけたほうが良いことだと思います。どーでもいい人がいなくなってもダメージなどないですが、大切な人がもしいなくなったら…………。いくら後悔しても、それからではもう遅いです。当たり前のことやけど、意外と難しいこと、、、今から、全力で、大事な人を大切にしましょう!一緒に居れる時間はもちろん有限です。大切な人にこそ。湊 一生
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「不機嫌」という名の甘え

「どうして自分ばかり、こんなに大変な思いをしなければならないのか」その思考が頭をもたげるとき、私たちの内側では激しい感情のアラートが鳴り響いています。周囲への苛立ち、孤独感、そして「損をしている」という被害者意識。しかし、この鳴り止まない不快なアラートこそが、実は私たちが無意識にしがみついている「甘え」の正体かもしれません。今回は、この「不機嫌」という感情をどのように私物化し、自分を守るための盾にしているのか、その心理構造を解剖していきます。1. 感情を「武器」として私物化する感情は、本来は自分自身の内面から湧き上がる「私物」です。それは、自分に危機を知らせたり、快不快を教えたりするための純粋な信号(アラート)であるはずです。しかし、「自分ばかり」という不満に囚われているとき、私たちはこの私的な信号を、外部をコントロールするための「武器」へと転用してしまいます。これが感情の「私物化」です。不機嫌な態度を見せる、棘のある言葉を投げる、重苦しい溜め息をつく。 これらは一見、抑えきれない苦しさが漏れ出た結果のように見えますが、その実態は非常に戦略的です。「私はこれだけ傷ついているのだから、私を特別扱いしろ」「これだけ大変なのだから、私のミスを責めるな」という無言の圧力を周囲にかけているのです。自分の機嫌を自分で取ること。その本来の責任を放棄し、周囲に気を遣わせることでそのコストを肩代わりさせる。この「他者への依存」こそが、不機嫌という名の「甘え」の本質なのです。2. 「自分ばかり」という被害者ポジションの利得なぜ私たちは、これほどまでに「自分ばかり」という不満を手放せないのでしょうか
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「大変さ」という甘え

「自分ばかりが、どうしてこんなに大変なのか」そう感じるとき、私たちの心の中では激しいアラートが鳴り響いています。不満、焦り、そして自己犠牲の感覚。しかし、この騒がしい感情のアラートに身を任せている状態こそが、実は「自分への甘え」の始まりなのかもしれません。忙しさを「隠れ蓑」にする「大変だ」と口にしたり、実際に過剰なタスクを抱え込んだりしている間、私たちはある種の免罪符を手にしています。「これだけ頑張っているのだから、多少のミスは仕方ない」 「これほど犠牲になっているのだから、自分の欠点を見逃してほしい」そうやって、自分自身の未熟さや、本当に向き合うべき「静かな課題」から目を逸らしてはいないでしょうか。忙しさというノイズで心を満たしてしまえば、自分の内面にある空虚さや、能力の限界を直視せずに済むからです。感情のアラートという「思考停止」「自分ばかり」という不満のアラートが鳴り続けているとき、思考は停止しています。感情が昂っていることを理由に、冷静な判断や客観的な分析を放棄しているからです。これは、自分の不機嫌や大変さを利用して、自分を律することをサボっている状態、つまり「甘え」に他なりません。「大変な事実があるから、不満を感じる」のではありません。自分の弱さを直視したくないから、あえて「大変な状況」の中に留まり、不満のアラートを鳴らし続けている。事実は、その甘えを正当化するために後からついてくるのです。「大変さ」を手放す恐怖もし今、その「大変さ」という盾を取り上げられたら、何が残るでしょうか。そこには、何の言い訳もできない、等身大の自分が残ります。誰のせいにもできず、環境のせいに
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相手のご機嫌取りはやめて、自分の機嫌を取ろう

今日は私の個人ブログからおすすめ記事を紹介します。親として恋人として妻や夫としてできることはする、困っている時は助ける。それはとても大切なこと。でも中には行き過ぎて、いつも相手の顔色ばかり窺ってビクビクしながら一緒にいたり、ちょっとでも機嫌の悪そうな気配を感じたらついご機嫌取りをしてしまうこともあるでしょう。小さな子供、病気で寝込んでいる人でもない限り、家族であろうが恋人であろうが本当はそこまで関与しない方がいいのです。自分の機嫌は自分で取れるのが成長した人間。なのに誰かに機嫌を直してもらわないといつまでも怒っているというのは大人になり切れていない子供っぽい行動。ただ甘えているだけ。そういうのが気にならない人なら良いですが、毎回人の機嫌ばかり取っていて自分のことが後回しになっている、他人の機嫌を取るために自分が不機嫌になることを我慢しないといけないのならおかしいと思いませんか?冷たく思われるかもしれませんが、基本は放っておけばいいのだと思います。1回ぐらいは「何かあった?」「どうしたの?」と聞いても、「別に・・・」と感じの悪い態度を保っているとか、怒っている原因がわかっていて何て子供っぽのだろう!と思う場合はあまり気にかけないようにして、向こうから何か言ってくるまではいつも通りに過ごしていましょう。そんなことをしたら外に癒しや甘えを求めて浮気されるのでは!?と思った人もいるかもしれません。だけど機嫌なんて美味しい物を食べたらすぐに直ることもあるし、可愛い動物をナデナデしたり、美しい景色や空、海などをボーっと見るだけでも気分転換はできるのです。飲みに行く、友人に話を聞いてもらう、
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「バトン」を渡す責任 | 甘えを捨てた背中が語る、真の能力解放

「自分ばかりが大変だ」という呪縛を解き、感情のアラートを鎮め、自分の能力を客観的な「道具」として使いこなす。この一連のプロセスは、一見すると自分自身の内面を律するための、個人的で孤独な戦いのように思えるかもしれません。しかし、私たちが「甘え」を断ち切り、静かに自分を直視する姿は、自分一人だけの物語ではありません。それは、私たちの後ろを歩く次の世代――子供たちや、後に続く人々――へ手渡すべき「バトン」だと思います。今回は、甘えを捨てるという決断が持つ、社会的な、そして親としての責任について考えます。1. 「自己犠牲」という呪いの連鎖私たちはしばしば、自分が「大変な状況」に耐え、自己犠牲を払うことが、家族や子供たちのための正解であると誤解してしまいます。「自分ばかりが我慢すれば、波風が立たない」「自分が泥をかぶれば、みんなが幸せになれる」という考え方です。しかし、その自己犠牲の裏側には「だから自分を認めてほしい」「これだけやっているのだから、自分の弱さを見逃してほしい」という強烈な「甘え」が隠れています。親が不機嫌のアラートを鳴らし続け、「自分ばかりが大変だ」と背中で語り続けるとき、子供たちは何を受け取るでしょうか。彼らが学ぶのは「人生とは耐え難い重荷である」という絶望であり、「不機嫌を使えば他人をコントロールできる」という歪んだ生存戦略です。私たちが甘えを捨てられない限り、その負のバトンは無意識のうちに次世代へと手渡されてしまうのです。2. 「能力解放」という生き方の提示「能力を自分から切り離し、自分の価値とは別のものとして捉える」姿勢。これを体現することは、周囲に対して「感情に
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「能力の私物化」という名の甘え

「自分にはもっとできるはずだ」「自分の能力は、こんなところで終わらせられない」私たちは自分の持てる知識や技術、すなわち「能力」を、自分という存在を輝かせるための宝物のように扱いがちです。しかし、この「能力を自分の所有物(私物)だと思い込むこと」こそが、実は成長を止め、自分を苦しい抱え込みへと追い込む「甘え」の温床になっていることをご存知でしょうか。今回は、能力を自分自身の防衛のために使う「私物化」の罠と、そこから抜け出すための思考法について解剖していきます。1. 能力を「自尊心の守り」に使う甘え能力を私物化している状態とは、一言で言えば「能力を、自分の価値を証明するための道具にしてしまっている」状態を指します。この状態に陥ると、仕事や役割の成否が、ダイレクトに「自分という人間の価値」に直結してしまいます。成功すれば万能感に浸れますが、失敗すれば自分の存在すべてが否定されたような恐怖に襲われる。この恐怖から逃れるために、心は無意識に「甘え」の構造を作り出します。それが「自分ばかり大変な状況」への逃避です。 「これだけ忙しいのだから、完璧にできなくても仕方がない」 「自分ばかりに負担が集中しているから、本来の力が出せないのだ」そうやって、あえて過酷な状況の中に留まることで、失敗した時のための言い訳を常に用意しておく。これは、自分のプライドを傷つけないために、自分の能力を「本気を出さないための盾」として私物化している、きわめて高度な甘えなのです。2. 「自分ばかり」という不満が生む、能力の停滞能力を自分の私物だと思っていると、他人に任せることが極端に下手になります。 「自分にしかでき
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たまには。甘えたこと言ってもいいよ。

こんにちは よっこです!わたし、薄々気づいていました。自分のこと、究極の怠け者だって。(笑)小学校の時から、早起きは苦手だったし夏休みの宿題は、最終日に焦るタイプ💦社会人になってからも毎日、決まったことをコツコツこなしていく人はすごいな〜と、できない自分をなるべく悟られないように生きて来ました。(笑)そもそもなんで、頑張ることが美徳なのか。どうして努力した人が幸せになるという風潮なのか。もちろんね、それって素晴らしいことだと思うんですよ。真面目が何よりだし、それで世の中まわっているのかもしれない。でもね、頑張れない人もいるし、努力が続かない人もいる。それって、悪いことなのかな。身長が低い・高い、みたいな「人の特徴」でもあるんじゃないかな。それに、今頑張れない人も、頑張った果てに今は心折れちゃって、休憩の時間かもしれない。そんなとき、それを否定する人を周りにおくともっと自分がダメになっちゃうと思う。そんな自分でも「大丈夫、何とかなるよ。」「何があっても応援してるよ。」そんな周りの言葉があれば、とりあえず生きていける。いま、頑張れない人もね「頑張りたい!」って一番に思っているんだよ。だから、いまもし自分が頑張れなくても大丈夫。まずは、自分にそう言ってあげましょう。そして、周りにそんな仲間がいたらまずは「大丈夫」って言ってあげましょう。否定の言葉は、十分に自分で分かっているから。それぞれ、経験した来た事、思いは違います。だから、その人の苦しみ、苦悩は誰にもわからない。たまには思いを吐き出すことも大切なんですよ。甘えられる人には、とことん甘えて、弱音はきましょ!今元気な人は、そんな仲間
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「直視」という名の甘えの代償 | 言い訳のきかない静寂に耐える

「自分ばかりが大変だ」という騒がしいアラートを鳴らし続け、不機嫌や忙しさという鎧を身にまとう。それはこれまで述べてきた通り、自分の弱さを直視しないための「甘え」でした。しかし、もしあなたがその甘えを断ち切り、感情を私物化することをやめたなら、一体何が起こるでしょうか。そこには、私たちが何よりも恐れていた、ある「代償」が待っています。それは、一切の言い訳が通用しない「静寂」という名の鏡です。今回は、甘えを捨てた後に訪れる「直視」の痛みと、その先にしかない救いについて解剖します。1. 感情のノイズが消えた後の「空白」不満や怒り、被害者意識といった感情のアラートは、実は非常に便利な「ノイズ」です。心がその騒音で満たされている間、私たちは「なぜ自分は現状を変えられないのか」「本当はどうしたいのか」といった本質的な問いから逃げることができます。しかし、そのノイズを自らミュートし、客観的に役割を「外注」するようにこなし始めると、手元にはぽっかりと「空白」が生まれます。これまで「忙しくてできなかった」と言い訳していたこと。 「周りが協力してくれないから進まない」と責任転嫁していたこと。それらの「できなかった理由」がすべて消え去り、ただ、自分自身の純粋な実力と意思だけがそこに残ります。この、誰のせいにもできない静寂こそが、甘えを捨てた者が最初に支払わなければならない、最も過酷な代償なのです。2. 「等身大の自分」を直視する痛み甘えの中にいる間、私たちは自分の能力を「無限の可能性」の中に置いておくことができます。「今は大変だから本気を出せていないだけだ。本気を出せばもっとすごいはずだ」という幻想
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緘黙(かんもく)とは?

 「…」 「……」 これは無言や詰まりを表す、「リーダー」という文章記号です。 字幕などでも見かけると思います。というよりも、もう無言と言えばこれとおなじみですね。 さてこれが、学校や会社という集団生活で見かけたらどうでしょうか? そして、この無言は「話したくても話せない」という一種の'ジレンマ'ならどうでしょうか? それが、「緘黙症(かんもくしょう)」なのです。 「緘黙症(かんもくしょう)」も「広い意味での発達障がい」の一種ですが、残念ながらまだ研究が進んでおらず、「発達障害者支援法」の対象から外れています。 「緘黙症(かんもくしょう)」には「全緘黙症」と「場面緘黙症」の2種類あります。【全緘黙症】 「全ての状況で言葉を出すのが難しい」状態です。【場面緘黙症】 「ある特定の状況(大規模な集団生活など)のみ言葉を出すのが難しい」状態です。 どちらも5歳以降に発症することが多いようですが、話す機会が急増する学校生活や社会人まで「当事者でさえも自覚なし」という場合がほとんどです。 特に、「場面緘黙症」は'(家庭など)比較的小規模な社会や慣れた環境'では普通に話せたり、小声で話せることが多いので「不真面目」とか「甘え」と言った差別偏見も多いです。 これが、「緘黙症(かんもくしょう)」の理解と支援の遅れを招いています。 特に、社会人以降は「最も話す機会が急増しやすく」、「緘黙症(かんもくしょう)」の正しい理解と支援なしでは会社生活での評価が下がり、それがお給金などの対価(生活)に直結しやすいです。 中には、HSPスペクトラム(繊細さん)や他の発達障がい(ASD、ADHD、SLD)などと
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猫とコミニケーション

こんにちは皆様猫の危機感は解らないが、家から誰かが出かけると、甘えるのは解っている、ほぼ家にいる私に甘えてくるのですよ。こんな感じで足に体を擦り付けてくる、それはそれで可愛いんだけどね、離れると付いてくる。何も出来んやん。この子はこの子でくっついてくる、二匹で相談しているみたいに交互に来るんだよね。娘が猫を飼うって言った時に、結構猫の本を読んだりしたんだけど、猫は直に飽きるからってあったのに、飽きないんだよ家の猫。もしかして猫じゃない、猫の皮を被った何かって気がしてきたな~、冗談だけど。家に1人で居ると、猫としか話さないのだが、猫の気持は解らないでいる、猫は寄ってくるんやけどね。猫って鳴く以外でもコミニュケーションを取る、お尻突き出してきたり、撫ぜろといってきたり、たまに噛みついたりして。猫的にはOKなのだろうが、私的にはちょっとなーてのがある。猫は仲良くしたいのか私には分からないけど、こっちとしては猫だから寝ろーという日はある。甘えるのが良いのかな、本ではそんな事は書いてなかったけどね。いつも、有難う御座います。
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大人の甘えは自己成長のチャンス

「甘える」ことは良くないことだ、というイメージがあります。子どもならいいけれど、若いうちなら許されるけど、という方もいるでしょう。では、いい年の大人は「甘えてはいけない」として、甘えたい気持ちを捨てることはできるのでしょうか。そもそも、甘えることはそんなに良くないことでしょうか。むしろ、逆ではないかな、と考えます。大人があえて甘える選択をする時とは、更に成長できるチャンスなのです。1.子どもの甘え方子どもが甘えるのはよくあることですよね。なぜでしょう。それは子どもは自分一人ではできないことや分からないことがたくさんあるから、大人や他の子どもの力を借りなければ出来ないからでしょう。または辛いことや悲しいことに対して自分一人で対処することが出来ず、感情を持て余してしまい、例えば親や姉兄に泣きついたりする、など。いずれも、発展途上ゆえの経験不足・知識不足・スキル不足が理由です。2.大人が甘えることがマイナスに見られる理由一般的に「甘える」というと、発展途上の子どもの「甘える理由」が想定されるため、経験も知識もスキルもあるはずの大人が、それが無い子どものように「甘える」と、・努力不足・覚悟不足・頼りないと思われて「大人のくせに」と、甘えを拒否されてしまいます。つまり「甘え」とは、子ども特有の行動原理、という共通認識があるのでしょう。3.大人が甘えたくなる時とは?しかし大人だからといって、自分に起きる出来事や感情の全てに一人で対応できるものでしょうか。むしろ、大人になって世界が広くなり出来ることが増えたからこそ、想定外の出来事との遭遇率は子どもより遥かに上昇します。そもそも、大人とはなん
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察してちゃんは「卑怯なの?」 共依存と不機嫌になる心理

こんにちは。 寄り添いナース♡カウンセラーの れいなです☘ 甘えさせてくれる人の存在って安心しますよね? でも大人になるにつれて「もっと大人になりなさい!」 「いい年なんだから!」 「いつまでも甘えないで!」 こんなことを親から言われてしまった方も 多いのではないでしょうか。 「大人になってから甘えるなんて 悪いことしてる気がする…」 と、感じてしまう人も多いかもしれません。 だんだんと「甘えることが許されなくなる」ような 世の中にも感じてしまいますよね。 でも、大人でも子供でも甘えることは心から安心できるとっても大切なことです。甘えることが苦手な人は、 悩みやストレスを抱え込みすぎてしまいます。 察してほしい 察してちゃん 甘えることは大切なことです。 でも、それを言葉や行動にしないと 気持ちを受け取ってもらうことは難しいですよね。 よく「察してちゃん」と呼ばれている方は ・気持ちを分かってほしい ・やりたいことを理解してほしい ・自分のために尽くしてほしい ・先回りしてほしい と、強く思っています。 でも相手から拒否されることに極度の不安を持っています。 そのため、 「言わなくても理解して実行してほしい」 と感じてしまいます。 実際には相手に「自分の気持ち」は伝わらず、自分の思い通りにならないことが多いです。 そのため、不機嫌になったり八つ当たりをしてしまったり、 どんどん心に不満や不安を抱えてしまいます。 周りからは 「言ってくれないと分からないよ」 「終わったことを蒸し返すなんてズルい」 「後から言うなんて卑怯だよ」 などと、周りから誤解されてしまうことが多く、 トラブ
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高次元様からの今日のお言葉【229】

✨ 同情を。。期待してはならない。。。✨ げんきだして生きましょう。     闇子より 闇子の闇は、闇の闇・・・闇子の闇は、病みの病み・・・ 闇子は、人の心の闇と病みを視ることができます。
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思い込みではなく正しい認識をする!【アラフィフ心理カウンセラー「うさぴょん」のココナラ電話相談】

成功には様々な要素が絡み合いますが、その中でも特に重要なのが正しい認識です。何事も、誤った思い込みや曖昧な状態で進むことは避けるべきです。成功に向けて毎回最高の結果を出すためには、明確な指示と不明な点があれば積極的に質問することが欠かせません。 まず、自分のタスクや目標に対して思い込みに陥ることは避けるべきです。何かを達成する際、主観的な意見や過去の経験に基づく思い込みは、正確な判断を妨げることがあります。代わりに、客観的かつ事実に基づいた情報を求め、それを元に計画を立てることが成功への近道です。 指示が曖昧な場合、進む前にはっきりとした指針を確認することが大切です。曖昧なまま進むと、時間と労力を無駄にするだけでなく、誤った方向に進んでしまう可能性もあります。遠慮せずに質問し、確認することで、効率的にタスクを遂行することができます。 さらに、情報が不足している場合も、しつこく質問することが重要です。正確な情報が揃っていない状態で進むと、後で問題が発生する可能性が高まります。必要な情報が揃うまで確認を続け、基盤をしっかりと築くことで、成功への障害を最小限に抑えることができます。 結局のところ、成功への道は正しい認識から始まります。思い込みや曖昧な状態を排除し、明確な指示と十分な情報を得ることで、毎回最高の結果を生み出すことが可能です。成功には努力と計画が不可欠ですが、それを支えるのは正確な情報と的確な判断です。
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現役の精神保健福祉士が回答した「ベストアンサー」#5

精神科病院で働く相談員のottohと申します。 某知恵袋の「メンタルヘルス」カテゴリで、数百件を超えるご質問に回答させて頂いております。 その中でも、ベストアンサーに選んで頂いた質問と回答をご紹介いたします。 回答を見て頂くことで、メンタルヘルスに関して「こういう考え方もあるんだな」「こう捉えるといいかも」と感じ、少しでも生き辛さが軽減することにつながると良いなと思います。 今回は「うつ病と甘え」についてです。 【質問】 うつ病なのか甘えなのかわからなくなってきました。 仕事がとても辛いです。 人がどんどん辞めていき、少ない人数の中で研修も追いつかないまま2年目になってしまいました。 研修をしてもらいたいと思っても就業時間外でないと難しいと言われてしまいました。 やりたいこともできないまま休んだ人の穴埋めみたいな仕事になってきて、このままだと成長しないままじゃないかと悩むようになりました。 仕事も今忙しくて仕事しながら研修をするのも大変で、新入生にちゃんと教える時間がなくて申し訳ないとも思います。 ここ何ヶ月か、イライラしやすくなってきて物を投げたりロッカーや壁を蹴ったりすることが多くなってきました(人がいない所で)。 大学生の頃から物事に対する興味関心や外に出るのが辛いなどの抑うつっぽい症状はありましたが、大学時代は休みが多かったので何とかなってました。 今は仕事以外で出かけることがほぼないし、休日も布団に入ってしまってます。 ご飯を食べたり風呂に入るのもめんどくさいです。 睡眠時間も3~4時間くらいが多いです。 死にたいじゃなくて消えたいと思ってしまいます。 今日も葬式の
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苦しんでいい苦しみと苦しみ続けてはいけない苦しみがある

って思うの東京にいた時の話私は当時、不動産会社で働いていたの安定収入がもらえるので好きな服を買い、受けたい波動医療を受け買いたいものをある程度買っていたただ、上司はいつも取引相手のある愚痴を言いネガティブな未来ビジョンばかりを口にだしそしていつものようにキレていた。この人達と働くことが嫌で嫌で仕方なくて苦痛でとうとう頭が変になりそうになった私はここで過ごせば過ごすほどエネルギーは枯渇し、自信をどんどん失いたんに生きのびているという感覚になったこれ以上続けてはいけない苦しみだったということが今ならわかるこの会社嫌だ東京も嫌だ自然の中に行きたい!この想いがマックスになったとき八ヶ岳に移ることになったさて、八ヶ岳に来てから見栄を捨てて大学生と一緒にアルバイト怒られることもあり・・・・(汗)馬鹿にされてるなあと感じる事もあり・・・(ワナワナ)そんな中でだんだん生きるパワーを自然から得始めてこんな未来にしたいと確固たる方向性が決まってきた今はガチで心の筋力付けている期間たまにしんどい苦しいって感じることもあるこの苦しみは感じてもいい苦しみそれがわかるそしてもう私は大丈夫これ以上の修行はいらないな♡
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やりたいことがやれる幸せと怖さ

「保健室まるみ」です。ココナラで電話相談をしています。自分がやりたいことをやれるって本当に幸せなことだと思います。この自由な時代と、私の置かれた状況に本当に感謝しています。でも、やりたいことを、やりたーーい♥やるやるーー♥って100%喜び一色で出来るかって言うと、(そういう人も居ると思いますが)そこには怖さが伴うことが多いのではないでしょうか?私は今、正にそういう感じで、心理カウンセラーになりたくて、それを職業として生きていく為に勉強しているのですが、昨日カウンセリングの先生が、「そろそろデビューの準備を始めましょうか」と言われたら、急に「ちょっ、ちょっと待って」っていう感じになったんです。自分が自立する、独立するということを、改めてリアルに感じたらやっぱり怖くなったんですね。お客さんが来なかったらどうしよう、来てもらっても、満足されなかったらどうしよう、そんな怖さなんだろうな。私、その道に進みたくて自らやっているのにですよ!?「やるって言ったのあなたでしょ!?」って感じです(苦笑)恐らく、カウンセリングの勉強をしているうちに、「私はまだ修行の身だから、だからまだ出来ない」と自分を甘やかしていたんだと思います。カウンセリングの修行を、一生懸命やってる気でいたけれど、それはいつしか本番を想定していない練習の為の練習、になっていたんじゃないか、と気づいたのです。でも、冷静に考えれば、私には今、安定した収入がありません。だからいつまでも学生気分でやってる場合では無いのですよ。カウンセリングの先生に、現実を突きつけてもらって目が覚めました。私は今、サポートしてくれる存在に囲まれているの
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理想の相手?猫みたいにツンデレで、でも毎日帰ってくる人。

「理想の相手は?」と聞かれると、若いころの私は条件をたくさん並べていました。優しい人、仕事ができる人、趣味が合う人…。けれど年齢を重ねた今、シンプルに思うのです。結局欲しいのは――“毎日帰ってきてくれる存在” なんじゃないかな、と。猫みたいなツンデレがちょうどいい猫って自由気まま。呼んでも来ないし、こちらが仕事でバタバタしているときに限って「遊んで」とやってくる。でも、ふと気づけば膝の上で寝ていたりして。あのツンデレに振り回されながらも、結局は癒されてしまうんですよね。人との関係も同じで、「近すぎず、遠すぎず」。ちょっとした気まぐれくらいが、案外ちょうどいいのかもしれません。帰ってくれる安心感ツンデレでも、わがままでもいい。でも、最後にはちゃんと帰ってきてくれる――それが一番の安心だと思うのです。…と、ここで正直に告白すると、私は結婚に失敗している身。元旦那は、仕事の関係もあったけれど「毎日家に帰ってこない人」でした。その当時の私は、帰りを待つたびに、空っぽのリビングが余計に寒く感じてしまったのを覚えています。「結婚してるのに、結局ひとりじゃないか」って。だからこそ今は余計に思うのです。毎日ちゃんと顔を見せてくれることが、どれほど大切で尊いことか。猫が教えてくれた理想像私の理想の相手は、完璧な人じゃなくていい。不器用でも、ちょっと気まぐれでもいい。でも――🐾「猫みたいにツンデレで、でも毎日帰ってくる人。」ただそれだけで、心は十分にあたたまるんだと、猫が教えてくれました。おわりに「理想の相手は?」と聞かれたら、昔の私なら条件を並べていたけれど、今ならきっと笑って答えます。「毎日帰
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彼のドタキャンは傷つくけど、猫のドタドタはかわいい

心のスキマを、4本足が埋めてくれる。 「ごめん、今日ちょっと無理かも」その一言、スマホの通知で見た瞬間、胸の奥がズンと重くなる。約束を楽しみにしてた分だけ、裏切られたような気持ちになる。頭では「忙しいんだよね」「仕方ないよね」って思ってる。でも心はそんなに器用じゃない。「私って、優先順位低いんだな」そんな風に考え始めたら、あとはもう、ネガティブループにまっしぐら。でもそんな時、部屋の奥から~ドタッ、ドタドタッ!と勢いよく走ってくる音。猫です。うちの猫は、なぜか夜になるとテンションが上がるタイプ。夜の運動会と呼んでるけど、そのドタドタ音が、なんとも癒し。彼のドタキャンに傷ついた心を、猫のドタドタがやさしくなでてくれる。意味不明なタイミングでカーテンをよじ登ったり、突然ダッシュしたり。もう、理由なんていらない。かわいければ、すべて許せる。 「期待すること」と「信じること」はちがう人に期待して、傷つく。これは恋愛あるある。でも猫には、そもそも期待してない。「今日、遊んでくれるかな」「そばにいてくれるかな」ってちょっと思うけど、来なかったら来なかったで、「まあ、猫だしね」で終わる。それって、ある意味、信頼のかたちなのかも。“自由でいていいよ、でも戻ってくるって知ってるから”っていう信頼。彼にも、そんな風に思えたらよかったのに。そんな風に、心のゆとりが持てたら、もっと違ったかもしれない。でもそれができないのが「人間関係」ってやつで、それができちゃうのが「猫との関係」なんだよなあ。 やさしさは、かわいさの中にある猫って、人の感情を空気で読む天才。こっちが落ち込んでると、いつもよりそっと近づ
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「甘え」は悪いこと?

甘えとはなんでしょう。「甘えの構造」(土居健郎著 1971 02 )を読むと「甘え」とは、日本独自の心理的な概念であり、相手に対して無条件の受容を求める関係性を指します。これは、親子関係において顕著に見られるものであり、日本の文化や社会に深く根付いています。【甘えの肯定的な側面】1.信頼関係の構築甘えが許容される環境では、相手に対する信頼が生まれます。例えば、家族や親しい友人との間で甘えることは、絆を強め、安心感を育む要素となります。2.助けを求める力甘えが適切に機能している場合、人は必要なときに支援を求めることができます。他者に頼ることは、他者を信じることから始まります。3.共感力の向上甘えを受け入れる側も、相手の気持ちを理解しようとすることで共感力が養われ、より豊かな人間関係が築かれます。【甘えの否定的な側面】1.依存の助長甘えが過剰になると、依存が生じ、自立の妨げになります。特に、社会人になっても過度に甘え続けると、責任感や主体性が育ちにくくなります。2.対人関係の摩擦甘えが通じない環境でそれを求めると、相手に負担をかけたり、関係性に亀裂が入ることもあります。3.文化の違いによる誤解「甘え」の概念は日本独自のものであり、他国では受け入れられにくい場合があります。例えば、欧米では個人主義が強く、甘えを「未熟」と捉えられることもあります。まとめ甘えという言葉は、依存というマイナスなものをイメージさせます。大人になるほど否定的なものになりがちです。ただ愛してほしい、大切にしてほしい、信じてほしいこんな思いが甘えの背景にあると思うのです。これは本当に否定しなければならないものでし
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人生は、もっと楽しんでよかった

■―真面目な人ほど、忘れてしまうこと―気づくと、「ちゃんとやらなきゃ」「失敗しないように」「人に迷惑をかけないように」そんな言葉で、一日が埋まっていませんか。それは責任感がある証拠で、あなたの長所でもあります。ただ一つだけ、真面目な人ほど忘れやすいことがあります。人生は、楽しんでもよかった。最初から、その前提でよかった。■「楽しむ=甘え」じゃない多くの人が、楽しむことにブレーキをかけています。・まだ頑張りが足りない・楽しむ資格がない・成果が出てからでも実際には、心が軽いときほど、人は良い選択をします。余裕があるとき、視野は広がり、無理のない道を自然に選べる。楽しむことは、現実逃避ではありません。自分の感覚を取り戻す行為です。■選択は「正しさ」より「心地よさ」でいい人生の分かれ道で、「どっちが正しいか」を考えすぎると、身動きが取れなくなります。でも本当は、正しさよりも、心地よさのほうが、長く続く。・なぜか気が楽・無理をしていない・自然体でいられるこうした感覚は、あとから振り返ると、だいたい“良い選択”だったりします。これは感情論ではなく、人が無意識に、自分に合う道を見極めているサインです。■男性ヒーラーとして感じる「運が動く瞬間」運が動く瞬間には、共通点があります。それは、「力が抜けたとき」。必死に掴みにいくより、肩の力を抜いたときのほうが、不思議とタイミングが合い始める。楽しそうにしている人の周りに、人や話が集まるのも、偶然ではありません。人は、軽やかなエネルギーに、自然と引き寄せられます。■「ちゃんとしなきゃ」を少しだけ手放すいきなり大きく変わる必要はありません。・今日は少し
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「試練の砂場」

【トンネルの強度】5歳の時三郷団地に住んでた事があり団地の1階部分がスーパーになっててその真横には公園もある便利な場所で俺はその公園の砂場でよく遊んでた砂場は1m位の高台の上に設置されそこに行くには坂の囲いを登る筋力が無いと砂場には辿りつけない仕様で俺はこの砂場に5歳でやっと行けたε-(゚д゚`;)フゥ…そして好きな山作りをしてトンネルもしっかり掘りミニカーを走らせると山の強度が弱くてトンネルがすぐ崩れなかなかうまく作れないそこで俺はトンネル内にミニカーを走らせて遊びたくてトンネルの強度を何とか上げる方法が無いか必死に考えある方法を思いついた!その方法は山の下のにトンネルを掘り山をポンポン叩いて山の強度を強くしそこにトンネルを掘れば多分崩れない強固なトンネルが出来ると確信した!早速山を作って叩いて固めトンネルを一生懸命掘って貫通させ更にそこから山をポンポン叩いてしっかりと固めて頑丈なトンネルを完成させるでもトンネルにミニカーを走らせるとスグに山にヒビが入って崩れてきてそれじゃまずいのでまたポンポン叩き山を固めるとその振動で完全に崩れたヒィィッ!!∑(;Д;ノ)ノ〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【最高のトンネル】俺は毎日砂場に連れってってもらい毎回山を作りトンネルを掘るのだけど遊ぶとスグ崩れるので良い方法無いか必死に考えてたら名案が浮かんだ!その方法は山にトンネル掘ると山の強度が弱くなって崩れてしまうから山にトンネル掘らず山のふもとの下にトンネルを掘るやり方だったそして早速山を作りふのもと下の砂をかきだしてトンネルを必死に掘ると想像以上に大変な作業で時間もかかり片側から掘っても
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ここにきてアドラーの言葉再び⁉️やっぱ厳しいですな

劣等感に関するアドラーさんの言葉 劣等感を感じるのは あなたが劣っているからではない。 劣等感があるのは あなたに目標があるからだ。 目標がある限り 劣等感は必ずあるものです。 劣等感があるからこそ 人は努力して成長する事ができる 劣等感は敵ではなく あなたの味方です。 劣等感を言い訳にして 逃げ出す弱虫は多い深いですねぇ
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以心伝心

  今回は以心伝心について書こうと思いますが、前回のコラム「悩み方のパターン」を書きましたがそれについて補足したいとおもいます。 「悩み方のパターン」というより「悩む方のパターン」と言った方がよかったかもしれませんが、私が書いたのは心理的に健康な人の場合です。これが心理的に不健康な人の場合(神経症的な人など)はまた違うということです。 早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生は、相談に来る人の半分以上は解決など望んでいない¹⁾と言っています。また、同調してくれる人間を永遠に求めつづける²⁾と言っています。これについては甘えの心理や様々な要因があるようです。ここでは詳しく書きませんが興味ある方は下記に示した参考文献を読んでください。 さて、以心伝心ですがあなたはどう思いますか。以心伝心とは広辞苑によると「思うことが言葉によらず、互いの心から心に伝わること。」とあります。どうですか?他人の心って読めますか?私には読めませんし、相手が心の中で要求することは言葉や文字、ジェスチャーで示してもらわないと分かりません。・「言わなくても動いてくれよ」という人 こういう人は自分が思っていることは他人も分かっていると思い込んでいるようです。ある程度ルーティン化した作業など、またよっぽど近しい家族など、その場面場面で何となく理解できることはあると思いますが、同僚、知人、友達、もちろん家族でも、なんでこの人はこんなことを言うのだろうと理解に苦しむことがあります。 この場合、この人はには他人に対する過度な期待・甘えがあると思われます。もう少し深刻にいうと他人と自分との境界が理解できない可能性があります。・感情
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「新天地に来た弟」

【移動】 3歳の時母親が弟を妊娠したから1時的に 家事の負担を減らす為おばあちゃん家に 住み込んだが俺がおばあちゃんに甘えて 離れなかったので結局母親が家事をした (´∀`*)ウフフ この頃玩具をたくさん買って貰ったから 退屈せずに毎日楽しく過ごす事が出来て お祖母ちゃんにもずっと甘えられたから 毎日とても楽しい一時を過ごしてた ある日母親に陣痛が襲い痛くて動けない 時間と痛みがなくなる時間が交互に来て 何が起こったかよく解らない俺は怖くて 母親の事が心配になる そしてこの日の夜俺が寝てる時に母親は 痛みが治まらないからタクシーを呼んで 駅前の救急病院に行きそのまま入院して 翌日弟が生まれたらしかった 翌日俺は家にお祖母ちゃんしかいなくて 凄く静かな朝を迎え母親と父親がどこに いるのか聞くと弟が生まれるから病院に 行ったと教えてくれた 朝食後俺はおばあちゃんと一緒に徒歩で 駅前の病院に向かったが途中で歩き疲れ おんぶしてもらいそこで寝てしまったが 注射の臭いがし病院と解り恐怖で目覚る でもこの臭いを我慢しないと母親の所に 行けないから何とか耐えエレベーターの 乗り場に来て扉が開くとエレベーターの 中の空間が凄く広て驚いた! ∑(゚Д゚)スッ、スゲー!! 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【初対面】 俺は毎日行くデパートと全然違う巨大な エレベーターの中で驚きおばあちゃんに 「何でこんなに広いの?!」とたずねると 「ベッドごと入るからだよ」と言ってた ( *゚ェ゚))フムフム その事を聞いた俺はベッドに寝たままで エレベーターで移動できるなら朝起きず 自動で公園に連れてっ
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休むことは甘え。ではなく、体を労る日

こんにちは!久しぶりに何もしたくない!今日は無理。。。という日になりました何もやりたくないと感じる日は心も体も疲れ切って何も考えられない日なのです頭では自分が疲れていることを自覚してもやっぱり、何もしていないなんて落ち着かないと考えて動くとめっちゃ疲れます当たり前ですがやってしまうものなので、休むひ🟰甘えと考えることを手放す例え、甘えと思っていてもいいんですだって自分に甘くしてあげられるのは自分だけですからなので、休む日は自分を労ってあげる日労るとは:褒める:大事にする:養生すると意味があります自分に合う言葉を当てはめて心も体も休めてあげましょう!
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孤独と自立

何をするにしても1人でできちゃう人って自立しているように見えませんか。一人旅一人焼肉一人事業かと言って「1人でなんでもできちゃうこと」=「自立」では必ずしもないですよね。1人でできること と 自立していること は、全く別な話です。もちろん1人でいながら自立されている方も大勢いらっしゃるのは、重々承知のつもりです。いつも誰かと一緒でなければ何もできない人が自立していない場合もあるでしょうし。しかし誰かと一緒にやっても楽しめることを知らないだけかもしれないし誰かと一緒にいる時に自分の心の中の何かがうずく問題について目をそらしているだけかも。そうなら自立とはやはり関係のない話。今していることは自己実現なのか自己回避なのかふと頭の隅に入れて再考してみたいものです。香田
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「元旦那は家に帰ってこないは幽霊だったけど、猫は毎日レギュラーでベッドにいる」

結婚していた頃、私は「家に帰ってくる」という行為にとても価値を感じていました。「夫がちゃんと帰ってきて、家族として過ごすこと」。それが普通で、当たり前で、守るべきものだと思っていたんです。でも現実は、そんなにきれいなものじゃなかった。夜中の2時、3時。カーテンの隙間から外の街灯だけが差し込む部屋で、私はひとり目を覚まします。隣の布団は冷たいまま。スマホを見ると、未読のままのLINE。「終電逃した」「同僚と飲んでる」。そんな言葉が頭に浮かびながらも、実際には連絡もなし。「……もう、いないのと一緒だな。」そんなふうに思いながら眠れない夜を過ごしたこと、何度もありました。一緒に暮らしているはずなのに、まるで幽霊と生活しているみたいな結婚生活でした。今の私の夜は、ぜんぜん違う離婚して、今は猫と暮らしています。夜、ベッドに横になると――🐾「ドンッ」必ず、一定のタイミングでベッドに飛び乗ってくる音がします。「おかえり」なんて言わなくても、猫は毎日ちゃんとここにいる。気分次第で帰ってこない夫とは違って、猫は浮気もしないし、ドタキャンもしない。こちらが体調を崩して寝込んでいる日だって、「それでも来る」というシンプルさ。正直、人間同士の複雑な駆け引きや言葉よりも、「ただ一緒にいる」という猫の行動のほうが、よっぽど心を安定させてくれることに驚きました。猫が教えてくれた3つのメンタルケア1. 無条件の「ただいる」安心感猫は何も言わず、ただそばにいてくれます。怒っても、泣いても、無言で寄り添ってくれるその存在が、私の心をそっと包み込んでくれました。「居てくれるだけでいい」というシンプルな愛情が、精神的
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