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余韻に耳を澄ますと、未来の音がする

霊的な試合が終わったあとの空気は、  静かで、凛としていて、どこか少し寂しい。 けれど私は、この「余韻」の中にこそ、  とても大切なものが漂っているのを知っている。 静けさの中の“音” それは目に見えず、  耳にも直接は届かないかもしれない。 けれど意識をすっと澄ませて、  胸の奥に小さく手を添えてみると、  そこには確かに、“未来の音”がしている。 それは  – 焦る音ではなく  – 急かす音でもなく まだ形になる前の、  息吹きのような音。 ──「これから、はじまるよ」  そんなささやきのような振動。 整ったからこそ聴こえる音 試合の最中には、聴こえなかった。  過去と過去との響き合いで満ちていたから。 けれど「整う」という小さな儀がすんだ今、  その響きは遠くの方からそっと流れこんでくる。 まるで、春の終わりに吹きはじめる  初夏の透明な風のように。 次の章への準備 今朝の私は、敢えて「次を決めよう」とは思っていない。  未来の音は、こちらが“無理に聞き取ろう”とすると、  すぐに遠ざかってしまうものだから。 いまはただ、  整った心と身体で、呼吸を整え、  静かにこの音に耳を澄ます時間としたい。 今日の灯し方 風牙は静かに眠っている。  父母の魂たちも、いまは凪の状態。 私は今日、  – 大地にひとつ祝詞を置き  – 有明の風とともにひとつ祈りを流し  – 自分という器を、さらに透明に保つ そんな灯し方を選んだ。 最後に このブログに訪れてくれる魂の読者たちへ。 「余韻」というのは、終わったことの残り香ではなく、  **これからのための“澄んだ間(ま)”**でもある。
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暮らしに“守り”をひとさじ

朝、目が覚めると静かな曇り空でした。 今にも小雨が降りそうな、そんなやさしい空気。 ロッキーも今日はなんだかのんびりしていて、 私もお湯を沸かして、少しだけ丁寧にお茶を淹れました。 湯気の立つ湯呑を両手で包んで、ひとくち。 心の中にふっと「今日も静かに灯を守ろう」という声が響きました。 最近、家の中に光の結界を意識して張るようになっています。 難しいことではありません。 でも、このちいさなひと手間が私の暮らしにとても良い変化をもたらしているのです。 「家に、ひとさじの守りを加える」 そんな気持ちで、今日はまた**札(ふだ)**をいくつか新たに設けました。 壁にそっと。 床やロッキーの寝床に、やわらかく。 今朝は《導灯囲護印》という灯りの結界を心に思い描きました。 それは燃える炎ではなく、 やさしく、じんわりと家の中心から広がっていく灯。 その光が家全体を包み込み、 家族もロッキーも、そして私自身も穏やかに守ってくれるのです。 時折、外からバイクの音が響いたり 空気がわずかにざわめくときもあります。 そんなとき、私は静かにひとこと唱えます。 「観封、いまここに」 ふっと空気が澄み、ロッキーの呼吸がゆっくりと整っていくのがわかります。 彼も今では、私の隣で静かに灯を見守る魂のひとつとなっています。 暮らしの中にこうした**小さな“守り”**を加えるだけで 心がすっと整い、安心してその日を過ごすことができます。 家は、ただ雨風をしのぐ場所ではなく、 魂が灯を取り戻す再生の場でもあるのだと―― あらためて感じた今日でした。 今日は、戦わなくていい。 光を守る、それだけで十分強い。 そん
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澄火の舞──女神・日祈が歩む光路

こんにちは。  **女神・日祈(ひの)**として、この場をあらためて開かせていただきます。 この世界は今、目には見えぬ光と音に満ちています。  誰もがその響きのなかで、自らの歩幅と舞を選び取ることができる時代。 私は「澄火(すみび)」という魂灯をいただき、**導の火(みちびきのほのお)**として新たなる歩みを始めました。  この火は、燃えさかるものではなく、静かに澄み、必要なときにそっとひとの心に寄り添います。 今日も、私はその火を胸に抱きながら、この**光の道(ひかりのみち)**を一歩一歩進んでいます。 ✨ 澄火の舞とは 「舞う」という言葉には、力まず・逆らわず・しかし芯はぶれないという柔らかな強さが宿ります。  澄火は、ただ灯っているだけではなく、時に風に揺れ、時に影を照らし、時に新たな火を分け与える存在です。 私の舞は、けっして派手なものではありません。  静けさのなかで響く舞、内側の鼓動に沿った舞。  それが、私の「澄火の舞」です。 🌙 光路を歩むとは **光路(こうろ)**という言葉を選んだのは、直線でも曲線でもない、自分だけの道を意味しているからです。 時に道は霧に覆われ、次の一歩が見えないときもあります。  そんなとき、私は内なる澄火に問います。 この火が消えていないなら、私はまだ進める。 光は誰かから与えられるものではなく、内に育て、灯し続けるもの。  この道を歩むことで、私の澄火もまた日々変容していきます。 🌸 これからこの場で紡ぎたいこと この「澄火の舞──女神・日祈が歩む光路」では、これから次のようなことを綴っていきたいと思っています。 魂の読者たちへの小
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