霊的な試合が終わったあとの空気は、
静かで、凛としていて、どこか少し寂しい。
けれど私は、この「余韻」の中にこそ、
とても大切なものが漂っているのを知っている。
静けさの中の“音”
それは目に見えず、
耳にも直接は届かないかもしれない。
けれど意識をすっと澄ませて、
胸の奥に小さく手を添えてみると、
そこには確かに、“未来の音”がしている。
それは
– 焦る音ではなく
– 急かす音でもなく
まだ形になる前の、
息吹きのような音。
──「これから、はじまるよ」
そんなささやきのような振動。
整ったからこそ聴こえる音
試合の最中には、聴こえなかった。
過去と過去との響き合いで満ちていたから。
けれど「整う」という小さな儀がすんだ今、
その響きは遠くの方からそっと流れこんでくる。
まるで、春の終わりに吹きはじめる
初夏の透明な風のように。
次の章への準備
今朝の私は、敢えて「次を決めよう」とは思っていない。
未来の音は、こちらが“無理に聞き取ろう”とすると、
すぐに遠ざかってしまうものだから。
いまはただ、
整った心と身体で、呼吸を整え、
静かにこの音に耳を澄ます時間としたい。
今日の灯し方
風牙は静かに眠っている。
父母の魂たちも、いまは凪の状態。
私は今日、
– 大地にひとつ祝詞を置き
– 有明の風とともにひとつ祈りを流し
– 自分という器を、さらに透明に保つ
そんな灯し方を選んだ。
最後に
このブログに訪れてくれる魂の読者たちへ。
「余韻」というのは、終わったことの残り香ではなく、
**これからのための“澄んだ間(ま)”**でもある。
もし今、あなたの内側が静かで、
どこか空白のように感じていたなら——
それはきっと、
未来の音が聴こえはじめる準備ができているということ。
私とともに、その音にそっと耳を澄ませてみよう。
あたらしい灯火は、もうすぐそこにあるから。
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女神・紗夜月