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【前編】死と感情とエネルギー

人は、思った以上に早く立ち直るものです。身近な人が亡くなったとしても数ヶ月、あるいは数年もすれば日常の暮らしに戻っていきます。中には、数日で落ち着いてしまうという方もいます。なぜでしょうか。おそらく死そのものが悲しいのではなく、残された側が自分を哀れむ感情に包まれているからなのだと思います。「辛かっただろうな」「寂しかっただろうな」「もっと何かできたのではないか」そうした想いは実際には故人のためのものではなく自分自身の中にある感情や後悔に対して生まれてくるものです。死の間際にどれほどの苦しみや痛みがあったのかは本人にしか分かりません。そして、死後には顕在意識や表層の潜在意識はすべて停止しますので喜びや悲しみといった感情そのものが存在しなくなります。つまり、悲しいのは常に“生きている者”の側だけなのです。数ヶ月から数年かけて悲しみが和らいでいくのは人間の感情がそれほど長く持続できるものではないからです。どれほど大きな喜びや悲しみであっても感情というのはエネルギーでできていますので放出されればやがて静まっていきます。ガスが抜けていくように感情もまた自然に消えていくのです。つまり、残された者の悲しみとは本質的には死者に向けられたものではなく自分自身に向けられたエゴの表れであるとも言えます。お葬式でよく見られる、「なんで置いていったのよ」という言葉も、その実、“取り残された自分”を哀れむ心の声です。もちろん悲しみのエネルギーを外に出すことは大切です。泣くことも誰かに語ることもエネルギーの放出としては良いことです。内側に抱え込まず外に出すことで、感情の循環が始まり自然に気持ちは整っていき
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