自称「キチガイ」な人に僕が惹かれる理由
今回は実学というよりも、
哲学に寄った内容をお伝えします。
ぜひコンテンツ制作の一助にしてください。
まず、人間というのは、
「こうあるべきだ」という
「べき論」を語るとき、
自分が実際にそういう生き方をしているというケースは稀です。
多分に「理想論」として語っているのが実情。
これは生きていく上で、
人間関係から逃れられない僕たちにとって、とても大切な認識です。
大衆というのはそもそも
「自分を棚上げする」生き物だということ。
自分ができているか、
できていないかなんて考慮していません。
ただ感情的に「べき論」を語りたいだけなんです。
理想論としての「べき論」は各自が自由に持てばいいんです。
持っていること自体は何の害もないし、
生きる上で目標・指針になりますから。
しかし問題なのは、
大体の人はその「べき論」を他者や社会に強制しようとしてしまう、という点にあります。
もっと言うと、その人の立場で考えたら、強制しないと社会が「よくない」ような気がして感情的に不快になってしまう、という点です。 「べき論」というのは、大体がその人の妄想に由来する極端なものです。
つまり、
現実的ではない。
それを現実に当てはめようとするから、他者に強制しようとするから、わけのわからない炎上をするんでしょう。
今「感情的に不快になってしまう」と書きましたが、自分の「べき論」を他者に強制しようと必死になっている人というのは、実は正義感とか、道徳心とかからそれをやっているつもりになっているけれど、本当はそういう
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