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面白くないことをやめよう。面白いことをしよう。

「面白くないことはやめよう」。一見、衝動的でわがままな考えに見えるかもしれません。「何をもって面白いと感じるのか?」「自分にとっての面白さをどう定義するのか?」という問いがあっての上の話です。ただ惰性で日々を過ごすのではなく、自分自身に問い続け、軌道修正する姿勢が求められるわけですね。これは逆に辛い人もいるわけで、だから「パッケージ化された面白さ」を求めるのも分かるんですよ。自分次第ってことですね。面白さは「与えられる」ものではないまず最初に考えたいのは、「純粋に面白いこと」などは存在しない、ということです。どんな出来事や仕事も、それが面白いかどうかは自分の関わり方次第。どれほど平凡で退屈に見える作業でも、自分の中に少しの創造性を働かせることで、そこに「面白い」という感覚を付与することができます。逆に、どんなに楽しそうな活動も、自分が何も工夫しなければすぐに飽きてしまいます。つまり、「面白くないこと」とは、外部の状況が悪いのではなく、自分がその状況を面白くする余地を見出せないことを意味します。そして、そんな余地が1%もない場合、それに固執する必要はないのです。(逆に1%あればやってもいいのかもですよね。)主観と客観、面白さのバランスここで注目したいのは、「面白さ」が主観的なものか、それとも客観的なものか、という視点です。主観100%の面白さは、自己満足の世界に近いアートのようなもの。一方、客観100%の面白さは、周囲の目を意識したデザインやロジックに基づくものと言えます。例えば、絵を描くときに「自分が描きたいものを描く」のは主観全開のアート、「相手にどう見られるか」を重視して描
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