愛がない その下に隠れているもの
おはようございますこんにちはこんばんはまうとですー今元気にのほほんとブログを書いているまうとですが過去親との関わり、子供時代から私の自己肯定感は低く社会人になってさらに、自己否定の鬼とかし、生きていても仕方ない、でも命を投げ出す勇気もないそんな狭間で葛藤してました。何か向き合う物事があっても、「どうせ私は」とか「だって過去〇〇だったから」とか目の前の課題に向き合わないようにする、ありとあらゆる理由が溢れ出して自分を責めるだけ責めた後は、他の人を責めました。これまでの自分自身の生き方を見つめ直すきっかけになったのが◯◯してほしいになってませんか、そう問われている本でした。そこから時間をかけながら腑に落として行って今があります。さてそんなこんなで先日知り合いが夫婦間で揉めてるのだと知りまして(突然やな)そこで考えさせられまして。旦那さんの給料良くて、奥さんは旦那さんの会社のフォローばっちり入っててお二人とも芯が通っててかっこいい人だったんですよ、私の憧れでありました。お話を伺ってみると「愛がない」と相手に訴えているんです。家族間のコミュニケーション不足と、お互いの受け取り方の違いからズレが生じてるなと。相手の行動が、自身の求めているものとは違うと、〇〇してほしい でいっぱいになっているなと。もちろんその〇〇してほしいを共有することで、希望が満たせたり、満たされる時間になることはあると思います。ただ、〇〇してほしい でいっぱいになってないかな。というところですね。相手は自分の分身でないので、コントロールできませんし、自分自身でないので、〇〇してほしいことも分かりません。「愛がほしい」
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