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助けることがリスクになる時代に思うこと

これは何年前か忘れましたが、印象に残っている出来事があります。当時、私はコンビニだけを経営していました。たしか「障害者支援に関する新しい法律」が出たタイミングだったと思います。(もし記憶が違ってたらすみません)本部から全国の店舗に向けて、「障害者の方が来店された際は、困っていたら補助してください」という通達が届きました。私はそれを見て「普通のことじゃん」と思い、スルーしてしまいました。なぜなら、私は昔から自然とそうしていたからです。妊娠中の方や、ケガをされている方がいれば扉を開けたり、荷物を車まで運んだり。“気持ちよく買い物してもらいたい”という思いで、特別意識せずにやってきました。そのためかわかりませんが、売上も順調に伸びていました。ある日、なんとなく知り合いのBARに飲みに行きました。するとたまたま隣に、障害者支援団体のトップの方(Aさん)が座っていたんです。オーナーが私を紹介してくれて、2人でお酒を飲むことになりました。しばらくしてAさんが突然、「この新しい法律、知ってる?」と聞いてきたんです。私は一瞬「?」となって、「知らないです」と答えました。するとAさんは少し怒ったように、「経営者なのに知らないの?」と。私は「知らないけど、普段から自然にやってますよ」と返しました。それでもAさんは「いや、知っとかないとダメだよ!」と熱く語り始めました。私は「じゃあ、ぜひ説明してください」と丁寧にお願いして話を聞いているうちに、「あ、これ本部からも案内来てました」と思い出しました。そこで私はこう伝えました。「覚えてない私も悪いと思いますが“当然のこと”をしているつもりです。法律のこと
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「優しくすることに、少し疲れたとき」

「人に優しくしたい」と思うほど、 気づけば、 自分を後回しにしてしまうことがあります。 それでも笑顔でいようとするのは、 誰かを思う気持ちがあるからこそ。 でも── 少しだけ、 疲れたなと思う日があってもいいんです。 そんなあなたに、 「自分に優しくすること」の大切さを そっと届けたくて、書きました。 「人に優しくしたい」と思う気持ちは、 とても尊くて、あたたかいものだと思います。 でも、誰かに優しくしようとするほど、 いつの間にか、 自分を後回しにしてしまうことってありませんか 誰かのためにと頑張っているのに、 気づくと、心の中が少し苦しくなっている。 それでも 「優しくしたい」という思いが強いから、 無理をしてでも笑顔でいようとする。 私にも、そんな時期がありました。 人に優しくすることが、 いつの間にか“自分を我慢させること”に すり替わっていたんです。 「相手を傷つけたくない」 「嫌われたくない」 「ちゃんとした人でいたい」 そんな気持ちが、“優しさ”の裏に静かに隠れていました。 本当は疲れているのに「大丈夫」と言ってしまう 本当は悲しいのに「平気」と笑ってしまう。 それは、相手を思うやさしさでもあり、 同時に、 自分を守るための精いっぱいの防衛 だったのかもしれません。 でもあるとき、ふと気づいたんです。 “本当の優しさ”って、 自分を犠牲にしてまで 与えるものではないのかもしれない、と。 自分の心が枯れてしまったら、 人にやさしくする余裕も、 自然な笑顔も出てこない。 だからこそ、まず自分にやさしくすることが、 人にやさしくできる第一歩なんだ と思うようになりました
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我慢することは 優しさではありません

今回、みなさんにお伝えしたいことは 「我慢することは 優しさではない」ということです。 他人のために自分を犠牲にしたり、自分の感情や思いを抑えてしまうことが、優しい行為と誤解されることもあります。 しかし、実際にはその逆です。 自分を我慢することは、自分自身に対する過酷な我慢といっても過言ではありません。 自分を我慢してまで他人を喜ばせようとすることは、結果的に自分自身を疲弊させることにつながります。 それは、心身に負担をかける行為です。 優しさとは、自分自身を含めた全ての人に対して平等であり、公正であること。 他人に優しいことも大切ですが、まずは自分自身に対して優しくあることが前提です。 自分を大切にし、自分の気持ちに正直であることで、初めて真の優しさが発揮されるのです。 そして、他人に対してもその姿勢が伝わります。 自分が幸せで心が満たされていることが、周囲にもポジティブな影響を与えることができます。 自分が我慢している姿は、周囲に疲労感や不満を与えることもありますが、自分が健康で幸せであることは、周囲にも幸せを広げるきっかけになるのです。 なるべく自分を解放し、自由に生きましょう! 元気と活力が戻ってくるし、前向きな人生を送ることができます。
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あなたと歩く「いつか」の話~恋愛ソングコラム~

福山雅治さんの「家族になろうよ」の一節に、「いつかお父さんみたいに大きな背中で いつかお母さんみたいに静かな優しさで」という言葉がある。この言葉は、ただの憧れではなく、“愛の未来形”を教えてくれる気がします。恋愛って、最初はドキドキやときめきでいっぱいだけれど、時間を重ねるほどに、安心とか、信頼とか、目に見えないものがゆっくり育っていく。誰かのために強くなりたいと思う瞬間もあれば、そっと寄り添える人でありたいと思う夜もある。そんなふうに、二人で少しずつ弱さを支え合って、気づかないうちに「家族」という形に近づいていくのかもしれません。派手な愛じゃなくていい。映画みたいな運命じゃなくていい。疲れて帰ってきたときに背中を預けられる人、言葉がなくても温度で伝わる優しさを持てる人。そういう関係を築きたいと思える相手に出会えたなら、それはもう十分、奇跡です。あなたが感じた“この言葉のあたたかさ”は、これからの恋に、きっとそっと灯りをともしてくれます。
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占いと心の距離 ― 優しさのかたちを探して。

あの日、彼女の笑顔を前にしてついた“裏切りの嘘”――。それは私にとって、長いあいだ胸の奥に残る痛みでした。占いとは、人の心に触れること。けれど同時に、占う自分の心もまた、そっと試される瞬間でもあるのだと知りました。泣きながらカードを並べた夜、私は初めて“自分の中の声”と向き合いました。「占いって、なんだろう。」「本当の優しさって、どんな形なんだろう。」何度も何度もシャッフルして、引いて、戻して。そして出てきたカードは「節制」。“心のバランス”“調和”“静かな信頼”を意味するカード。その瞬間、ふっと腑に落ちました。――「相手の心を動かす前に、自分の心を整えなさい」と。それ以来、私は占う前に必ず深呼吸をします。「この人の心に寄り添う覚悟はあるか」と、自分に問いかけながら。占いは、未来を決めるためではなく、今の心をやさしく見つめるための“鏡”だと思うようになりました。だからこそ、私は少し距離を置いています。「占い師」としてではなく、“心をのぞく案内人”として、ただ隣を歩くように。やがて私は大学生になり、時代はバブルの真っただ中。けれど、遊び惚ける暇もなく、アルバイトと学業に追われる毎日でした。地元を離れ、初めての一人暮らし。カードはいつしか、机の引き出しの奥にしまわれたままでした。成人式の頃、久しぶりに帰郷したとき、あの彼女に再会しました。「はくちゃん!! 久しぶり!」彼女は、あの頃よりもずっと綺麗になっていました。懐かしさと、あの日の記憶が胸をざわつかせました。「ごめん。あの時、実は……」私はあのときの占いのことを、正直に打ち明けました。彼女の信頼を裏切ったことを謝りたかったのです
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【婚活で疲弊する前に チェック9】~優しい人なのに、安心できない理由~

幸せな結婚をするための相手に求める条件として、比較的多く挙げられるのが「優しい人」だと思います。しかし、色々な方にい話を聞くと、「優しいだけ」「優しいけど」「優しいのに」と意外と悩まれている方が多いです。それには、忘れがちな理由があります。それは「あなたの求める優しさではない」からです。「優しさ」というと、気を遣えたり、どんな時も寄り添ってくれて、話も聞いてくれて、、、など、都合のいい人と優しい人をごちゃ混ぜに認識してしまっているからです。本当に判断すべき「優しさ」は、あなたが心の底から、手を差し伸べて欲しい時に、必ず手を差し伸べてくれるかどうかです。求めてないときに、いちいち気を遣われたり、毎秒毎秒、手を差し伸べられても、最初のうちは気分が良いかもしれませんが、結婚生活では、それが毎日続きます。また、結婚生活における「優しさ」は、かなり特殊な条件が多いため、付き合っていた頃は良かったけど、結婚してみたら、「優しけど頼りない」と感じてしまう女性や、「優しいけど疲れる」といった男性が増えてしまうのです。あなたも、その場限りの優しさを判断するのではなく、自分の求めてるタイミングで、どんな接し方をされているか、はたまた、トラブルが起きた時に、どれだけ寄り添い、解決に向けて尽力してくれているかをもう一度、考えてみてください。このように、婚活の段階で、迷うことや、考えるべき視点を「婚活で疲れる前に~」で書いてますので、そちらも参考にしてみてください。さらに、ここまで読んで、 「自分の考え方を一度整理したい」と感じた方へ。 質問に答えながら、 結婚観を見つめ直すための 解説付きコンテンツを
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