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介護をして⑥

昨日の続き😊利用者さんの最期に立ち会うたび命の儚さと尊さを強く感じます。一人ひとりがそれぞれの人生を一生懸命に生き、最後の瞬間を迎える。その場にいられることは悲しさと同時に大きな学びでもあります。『最期の瞬間まで寄り添うことができる』というのは介護の仕事ならではのやりがいです。そして、それが利用者さんやご家族にとって安心感につながることを信じています。この経験を通して、私自身も『自分の最期をどう迎えたいか』『そのために今どう生きるべきか』を考えるようになりました。☘️あなたが今、大切にしたい人は誰ですか?☘️あなた自身の幸せの形はどんなものですか?利用者さんの人生に触れたからこそ自分の生き方についても考えるきっかけをもらいました。利用者さんの最期に寄り添えたことは悲しみの中にも尊い経験でした。この出来事を通して学んだ命の尊さや生きる意味をこれからも胸に刻み続けていきたいと思います。介護の現場は大変なことも多いですがその中で得られる感動や学びはかけがえのないものです。命に寄り添う仕事の中で、私が感じたことをこれからも伝えていきたいと思います😊
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今日という日は誰かの生きたかった1日かもしれない

遡って40年前 高校生の時の出来事 夏の1日ボランティア活動 いくつも選択先がある中で 私は養護学校を選びました その日、ほんの数時間訪れた 「養護学校の草取り作業」 での出来事草取り作業を終えようとする頃 突然校内放送が流れます 「〇〇まいちゃん、  本日お亡くなりになりました  ご冥福をお祈りします」 その放送に固まりました。 ここに来る日、 この時間に示し合わせたような 校内放送。 「まいちゃんだ(;ω;)  私が来るの、待っててくれてたんだ」そこは私が小学校3年生の時に 私は膝を悪くして手術をした為、 養護学校が併設されている病院で 1ヶ月半入院した場所。 入院部屋を同じくするのは 様々な病気を抱えた子供達。 入院期間の長い彼女たちにとって 外から入ってきた私は 新鮮だったようで 私が変顔したら、 キャッキャと皆喜ぶ 嬉しくて、走り回って、 皆を笑わせてました。 誰と話しても受け入れてくれ人と関わることを はじめて楽しく感じた場所その中でも特に仲良かった車いすの 「まいちゃん」という 色白で小さな女の子 同じ学年なので学校でも一緒 部屋に戻っても一緒何ともいえない 彼女の優しさと笑顔は その存在だけで 私の安心感でした 退院の日に 後ろ髪をひかれる思いで 「また会いにくるからね♡」 と彼女と約束して 笑顔で別れましたが 結局、その後会いに行くことは ありませんでした。 どうしてるだろう? は、ずっと心にありながら・・・ 退院して10年後に会えない再会。 彼女が病気により 17才という若さで 命を終えたこと 「私の分まで生きてね」 そう伝えられた気がしています。。。 1日
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心の眼差しで見る♡~私はあなたを生きられないし、あなたは私を生きられない~

真実はその奥に     誰かと同じを求めると 真実をぼやかせる 例えば子育ての例で言うと 週末の子供の試合や練習に もれなく参加出来る親は 参加しない親の事を   「なんで来ないのだろう? それはきっと、こうだからだ」 予測で噂したり   「来れないなんて おかしいよねー」と 数人で否定しだす    誰かと一緒なら安心? 誰かと一緒なら正しい? 土日祝関係なく お仕事かもしれないし 背景は人それぞれ   口先で人と 合わせることにだけ 慣れだすと 本当が見えなくなる     子供もまたそれを目に耳にしてるから そうなんだと思い込むという連鎖を生む   誰かと同じものを選び それを自分の声のように 生きたとしたなら     唯一無二である私たちの心は 決して満たされるものではない     そして間違った解釈や予測で 人を責める理由にしては 絶対にならない     手前の柵にフォーカスあてず その奥に咲く蓮の花を俯瞰して見つめるように心の眼差しで見る  私はあなたを生きられない あなたは私を生きられない唯一無二の存在達なのだから心と対話する傾聴セラピスト (占いや鑑定家ではありません♡) 笑子(えみこ)私の自己紹介と 各種メニューはこちら↓↓ https://coconala.com/users/1525332今朝もメニュー追加しました最後までご覧いただきありがとうございました
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自分から生まれる感情は全て尊い♡~善悪という概念からの解放~

日々の出来事に対して 星の数いやそれ以上に 反応してきた私たち   日々の感情や 湧き上がるもの 喜怒哀楽だけでは 現せないもの全て    感じたくない 感じたい 好き嫌いで私たちは 分けてしまうものだけど自分という命からの表現は わたしを苦しめたいだけでは ないということ  天や宇宙からの 愛の計らいだとしたら? に考え及ばせると   自分から生まれるものは 全て尊いものだよ   と、教えてくれる また、その尊さに意識を向けると   「これを感じるのは嫌だ」 「これは悪だ」 「これを感じている自分すら嫌だ」 といった小さな概念が溶けていくこの感覚を体験を してからというもの   自分から湧き上がるものが 何であれ愛おしくて なんとありがたいことか   という安全な場所に 還ることが出来るように   頭では 命は誰しも尊いものだと そう教えられてきたし 知っているはず   けれど 嫌だと感じた一部だけを これだけは私・私じゃない と思考が判断しては   尊い命の源から分離を起こす わたしは何にも分類されたくなぁい!   そんな気持ちを通ってきたのは そういう働きを内側では 知っているからかもね♡   そしてわたしが 衝撃だったのは   この世に生を受けてから 今に至るまで   あんなことを思った だからこうなる というような考えや感情 役割や体の症状    当たり前なのだけど 終始ずっと 自分の中にしか 起きていないということ生きて死ぬまで 自分に起こることを 体験しているのは わたし一人だけだった!    この衝撃的かつ 笑ってしまいたくなるような シンプルさに氣付いたとき
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