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【短編小説】佐藤老人

人里離れたある老人ホーム。 そこに二人の佐藤という姓の老人がいた。「佐藤」というのは日本で一番多い苗字なので、別に不思議ではないのだが、事件はもう一人の佐藤という姓の老人が入所してから始まった。 「佐藤さ~ん」 と、職員が呼ぶたびに3人の佐藤老人が、一斉に返事して立ち上がる。 そのたび、 「佐藤一郎さん」 と職員は言い直す。 最初はそれで上手くいっていたのだが、認知症が進行したのか、しだいに「佐藤一郎さん」と言い直しても、3人の佐藤老人が「わしじゃ、わしじゃ」と言うようになった。 そこで何らかの手を打てばよかったのだが、そのまま放置しておいたために、佐藤という苗字でない人まで返事して立ち上がるようになった。 「佐藤さ~ん、佐藤一郎さん」 と、職員が呼ぶと、3人の佐藤老人を含めて5,6人の老人達が返事して立ち上がるようになった。  だが、そうなってからも初めのうちは「なに、立ち上がっているのよ。あんた、森田じゃない。それも森田和子って女じゃないの」 そう嗜める老婦人もいたのだが、やがてそういう人もいなくなり、いつのまにか全員が返事して立ち上がるようになっていった。  それから一年後、そこにパソコンを導入されることになり一人のセールスマンがやってきた。  セールスマンが職員に名刺を出すと、その職員は、 「佐藤です」 と名乗った。 「でも、さっき出て行かれた人も、名札には佐藤と書かれていましたけど」 セールスマンが、不思議そうな顔でそう言うと、 「ええ、ここは、所長、副所長、始めとして、すべての職員、入所者、佐藤という苗字ですの」 と、微笑みながら応えた。              
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