怒りの心理学-後編
インドの神秘家和尚OSHOの講話集より抜粋したものを転載--------------------------------------怒りの心理学-前編より続くこんな話を聞いた三つの修道院があったキリスト教の修道院で森のなかに隣りあって建っていたある日、三人の修道士たちが十字路で出会った彼らは村から自分の修道院に帰るところだったそれぞれが別の修道院に属していた彼らは疲れていたみんな木々の下に坐ると暇つぶしになにかをしゃべりはじめたひとりの男が言った「君たちがひとつ認めなければならないのは学問に関するかぎり学識に関するかぎり私たちの修道院が一番だということだ」別の修道士が言った「ほんとうだ、そのとおりだ君たちはじつに学識が高いだが、厳格さにかんしては修行にかんしては宗教的な訓練にかんしては君たちはわれわれの修道院の足元にも及ばないそれに、いいかね学問は君が真理を悟るのを助けてくれないそれは宗教的な訓練しかないそして私たちは宗教的な訓練にかんしては最高なんだ」三人目の修道士が言った「君たちは二人とも正しい最初の修道院は学問、学識では最良だ二番目の修道院は宗教的な訓練、厳格さ、断食では最高だだが、謙虚さ、エゴのなさにかんしては私たちが一番だ」謙虚さ、エゴのなさだが、この男は自分がなにを言っているのかまったく気づいていないようだ「謙虚さ、エゴのなさにかんしては、私たちが一番だ」謙虚さですらエゴ・トリップになるエゴのなさですらエゴ・トリップになる人はとても注意深くなければいけない怒りを止めようとすべきではないどんなやり方であれ怒りをコントロールしようとすべきではないそうでないと、それはあな
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