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正しさ

昨日、並木氏のチャリティーワークに参加して、被災地にエネルギー的手助けを送るようなことなどをやりました。 並木氏、被災地であんな辛い目に遭っている人がいるのだから、自分の楽しみを諦めようとか、質素にしようとか、自分を抑えるような方向へ向けてはならないというようなことを説明されていて、あくまでどんな大変なことがあったとしても、自分の中心軸に自分を置くということが大事だということを強調されていたように思います。 相手と一緒に自分も悲しみに暮れたり、不安になったりすることにはなんの助けにもならないし、意味もないっていうことを言われていたと思うんですけども、自分はそれって、すごく東京的な人の考えだなぁって思ったんですよ。京都の洛中の人は、辛い人がいた時、一緒に共感して相手の心を受け止めようとします。ものすごく聞き上手です。感情を込めて、自分も相手と一緒の気持ちになります。けど、それが意味のないことだとは自分には思えないんですよね。なぜなら、「ああ、私の気持ちが伝わった」と思った瞬間、その辛い人はホッとすると思うんですよね。 自分しか見えていないと思っていた世界が、他の人にも共有してもらえたことで、やっと孤独の意識から抜けることができるからです。 もちろんいろんな状況でいろんなことを求めている人がいるので一概には言えないかもしれないけども、そういう場合、自分の辛い状況をお話しする方というのは、別に誰かの同情を引きたくて、辛いです、ってお話ししている訳ではないと思うんですよ。自分がどう受け止めていいかわからない、自分しか見えない意識世界の中で、不安と孤独を感じて、無意識に何か感情的なエネル
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