天災と人災
2024年は、年明け早々の「能登半島大地震」と「羽田空港の旅客機衝突」とに依って、早々に正月気分が吹き飛んだ。
尤もそう想っているのは、「岸田首相」と「馳石川県知事」を除く多くの国民にとってであったようだ。
その証拠に岸田首相は地震発生後の当日にTV番組で、お定まりの地震被災地への心の伴わない「お悔やみ」や「迅速な対応」と述べただけで、今年行われる自身の自民党総裁選への抱負を能動的に語っていた、という。
そして何よりもその日に行われた新年会に3か所もハシゴしていた、というのだ。
私はそれらの報道を聞き、彼には震度7の激震が起こった事への想像力の欠如という事実や、地震災害の情報収集や、積極的な対応といったものへの熱意といったものが無い人間なのだ、としか思えなかった。
彼にとって「能登半島沖地震」は、自国民の生命や財産の危機といった問題としてではなく、キット遠い外国の問題だとでも思っていたのではないか、と妄想してしまった。
と同時にかつてハワイ沖で遭難した「えひめ丸」の事故が起きた時に、当時の森喜朗という総理大臣が、その報告を聞いてもそのまま「ゴルフを続けていた」、という出来事を思い出した。
森喜朗元首相にとっては、水産高校の「海洋練習船、えひめ丸」とアメリカ海軍潜水艦の「衝突事故」よりも、「ゴルフ」の方が大事なコトであったように、岸田首相にとっても元旦の「新年会」の方が優先順位が高かった、のであったのだろうと理解した。
また、石川県の馳知事は出張先だったのか実家への帰省先だったのかは不明だが、巨大地震の一報を聞き官邸に赴き、急遽自衛隊のヘリコプターに同乗して
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