苦しみのないところ
こんばんは。お電話の中で、生きてる・・・そんないのちを感じさせていただけることが続きました。昨日お話した方もそのままあるがまま出てくるままに表現できるって清々しいですね~ってシェアしてくださってました。上司に、”生きるのが辛くなることや、あなたの表現でこんな苦しくなりました”なんて泣きながら表現が起きたのだとか・・・今までは、”こんなこと伝えたらこう思われるだろうな”というような頭の解釈挟み抑えて抑えて過ごされていたことにも(だいたいがそのように生きてますよね)改めて気がつかれたのだとか・・・・不思議に世界というのか現れてくるものたちが優しくなったとお話してくださっていました。あるがまま表現したから、優しくなるかどうかはわからないけれど、それがいのちの調和でもあるような気がしました。どのような現れ方がするのかはわからないけれど・・・湧き出てくるものも起きたこともそのまんま受け入れられてるというかそのままと一緒が苦しみが生まれないところ。どうしても、私たちは偏りの中で生きてきています。偏りのない真ん中。十字の真ん中・・・そこがあるがままな、寛ぎの場所。活き活きするのがいいことだと握りしめてるとそうでないとき、苦しみが生まれてきます。逆を味わってあげることでバランスとれるのかもしれない。真ん中に戻れるように感じたのでした。体が不調なら良くなってほしいと感じるのが自然だけど、逆に、体が不調のままでもいいじゃない。そう感じてみる。その痛みのような感覚を感じる(受け入れてあげる)すると、真ん中に戻れるような少し怖さのようなものが和らぐ心地味わえるかもしれません。活き活きできなくてもいいじ
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