ひとつぶんの恋
雨の日は、嫌いじゃなかった。窓をつたう雫を眺めていると、街の音が少し遠くなる。人の話し声も。車の音も。何より――ここにいるときだけは、自分が自分でいられる気がした。だから碧は、雨の日になると、郊外にある小さなカフェへ行った。駅から歩いて二十分ほど。坂道を下ったところにある、古い木造の店。大きな窓。静かな音楽。珈琲の香り。碧はいつも、窓際の席に座った。「アイスコーヒーを」注文を済ませ、窓の外を見る。雨は、まだ降っていた。「お待たせしました」店員が飲み物を運んできた。「ミルクティーです。」「……え?」目の前に置かれたのは、アイスミルクティーだった。「すみません。俺、アイスコーヒーなんですけど」「あっ、申し訳ありません!」店員が慌てて伝票を確認した。「……あの」隣から声がした。振り向く。一人の女の子が、アイスコーヒーを持って立っていた。「たぶん、それ……私の」「……あ」二人で、それぞれの飲み物を見る。「じゃあ、これが俺の?」「たぶん」「交換する?大丈夫だよ、口つけてないから」「うん、交換」二人は飲み物を交換した。「ふふっ」女の子が笑った。「どうしたの?」「初めて会った人と、いきなり飲み物交換することになるなんて」「確かに」「なんか面白いね」彼女は笑ったまま言った。「私、翠」「……碧」「碧くん?」「うん」「よろしくね」「こちらこそ」たった、それだけだった。雨の日の。ほんの小さな出来事だった。なのに。碧は、その日の帰り道。ミルクティーの甘い匂いを、いつまでも覚えていた。*次にカフェへ行ったとき。翠がいた。「あ」「また会ったね」「偶然?」「たぶん」「じゃあ、ここ座っていい?」「もちろん」そ
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