絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

4 件中 1 - 4 件表示
カバー画像

遊女は巫女?

ひふみことぶきです。ブログでこの前、魔女について書きましたが、日本に何かそういう蠱惑的でミステリアスな女性がいたかな、と思うと、やっぱり遊女か。遊女って何なんでしょうね。単純に娼婦なのかといえば、それはちょっと違う。じゃあ、そういうお客をとらないかといえば、もちろんそうではない。歌や舞などの芸と色を売る芸能人と言った方が近いでしょう。歴史のいつから、どのように生まれてきたのか、それも諸説あります。日本の民俗学の草分けである柳田國男は、遊女の起源は巫女だとしています。遊女の巫女起源説。それが正しいかは断定できませんが、一理はあると思っています。実際に、古代から中世にかけて、遊女と巫女の職掌はとても類似していたことが知られています。それは、芸能と霊的な越境、そして性です。前近代では、日本の神社の近辺には色町が栄えていました。王子の御前の 笹草は駒は食めども なほ茂し主は来ねども 夜殿には床の間ぞなき 若ければ(「梁塵秘抄」より)これは平安時代の流行歌、今様の歌詞です。「王子」は熊野の若王子。巫女に神は降りてこなくても、夜になると男の客が絶えることなく、若さを持て余してはいないよ、と謡っていると考えられます。一方で、遊女と交わることの感覚も現代人のそれとは違います。行為そのもののもたらす感覚の中にも、古代人は神聖なものを感じとっていた。性的快楽と宗教的法悦の質的に等しいことは、すでに多くの宗教学者や心理学者が認めてきたところではある(佐伯順子、「遊女の文化史」より)性と聖を対極的なものと考えるのは現代人の感覚であり、古代ではむしろ質的に近いものとして捉えられていたようです。また、遊女
0
カバー画像

男性が好きな、とても美人な遊女です(背景は帯です)

大津絵の男性と一緒大黒天(神様)も女性が好きです前向き後向き横向き肩を出して少し色気があります遊びすぎないように!時間を忘れてしまいそうです是非遊びに来てね!待っていま~す💛トイレロールの芯5本で作りましたマジックとコピックです友達からスラムダンクの主人公を作って欲しいと頼まれました次回からバスケットボールアニメキャラクターを作りますトイレロールの芯作品紹介は6月21日です又見に来て下くださいね!
0
カバー画像

吉原神社に参拝しました

2023年5月に台東区吉原にある、吉原神社さんに参拝しました。 飛不動尊さんの参拝を終えたあとに、吉原神社さんに向かいました。 吉原神社さんは、日比谷線三ノ輪駅か入谷駅、あるいはTX浅草が最寄り駅になります。 浅草付近でも、このあたりを歩くのは初めてです。 吉原神社さんのご祭神は、稲荷神である倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と弁天様である市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)です。 「江戸元吉原」が、明暦3(1655)年の大火のあとに、千束村に移転を命ぜらて「新吉原」となりました。 その新吉原遊郭には、古くから玄徳(よしとく)稲荷社、それに廓内四隅の守護神である榎本稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、九朗助稲荷社が祀られていたそうです。 特に、九朗助稲荷社の創建は古くて、和同4(711)年、白狐黒狐が天下るのを見た千葉九朗助という方の手により元吉原の地に勧請されたそうです。 この吉原遊郭にお祀りされていた五つの稲荷神社と、遊郭に隣接する吉原弁財天を合祀したのが、吉原神社さんの始まりだそうです。 ご神徳は、開運、商売繁昌、技芸上達です。 遊郭の中の神社さんなので、この土地の方や、遊女さんたちの願いも聞いてきた神社さんです。 かつて読んだ本には、当時の遊女の平均寿命は23歳だそうです。 遠い故郷から売り飛ばされてきて、自由もなく、今の時代だと、大学出の新社会人の年齢で亡くなられる。 きっと自由に生きたいとか、いろいろな夢もあったと思います。 また、そんな中でも、誰かを好きになったり、いろんな思いをしたのではないかと想像しています。 そんな切実な願いはももちろんですが、愛欲にまみれた願いも
0
カバー画像

吉原弁財天本宮と観音様

2023年5月に吉原神社さんに参拝したお話の続きです。 吉原神社さんに案内があり、近くに吉原弁財天本宮があるそうです。 行ってみました。 少し歩くと、弁財天と書かれたのぼりや吉原観音と書かれたのぼりがありました。 そして、そんなに大きな敷地ではないですが、木々が茂って、何か独特の存在感です。 うまく、言葉に出来ないけど、時間軸が現在ではなくて、どこかの時から止まったまま存在しているような。そこだけ違う空間の感じがします。 そして、独特の地場と言うかエネルギーと言うか、聖地や霊場のエネルギーを感じます。 なんだか、軽い気持ちでは、入ってはいけないような感じを受けました。 後で調べてわかったのですが、こちらにある池は、関東大震災のときに、被災した多くの遊女のみなさんが飛び込んで、たくさんの犠牲者が出たそうです。 そして、敷地の中心にある大きな観音様は、その供養のために建立されたそうです。 鎮魂の場所です。 多くの悲しみがあった場所ですが、多くの人の鎮魂の思いや供養で、とても静かな印象を受けました。 ですが、本当に多くの人が、この場所にいる感じを受けました。 僕も観音様に手を合わせてお祈りをしましたが、なんだか、よくわからないけど涙が出てきました。 もしかすると、観音様が魂に働きかけて、無意識に鎮魂の祈りを捧げさせてくれたのかもしれないです。 とても、慈悲深くて優しい観音様です。 その、多くの犠牲者の出た池は、現在は埋め立てられて、その一部が境内にある池だそうです。 そのことをその時は、知りませんでしたが、その時に感じた印象も、なにか、こちら池は、神社の付属の造形物して作られたものじ
0
4 件中 1 - 4