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一番怖かった経験 後編

ある日、朝から別の反社のおじさんが私達一人一人に白い紙を配って歩いてた。この会社。そもそも出来てから2か月も経ってないうちに私は入社した。実は詐欺会社だったとは知らずに。最初は北海道の蟹工船と提携して6Lの立派なカニを結構な金額で通信販売する会社だった。かなり売れて、事務とアポインターとを兼任して忙しい日が続いていたのに。その蟹工船との契約がどうもインチキだったらしくそのうち怪しげな男たちが出入りし始め手慣れた感じで違うことをやりだした。まず小売店に片っ端から電話をして商品を取り寄せる。営業部隊のおじさんたちは毎日毎日テレアポをひたすら行うのだがまぁほんとにね、お上手。商品が届くと2.3度は支払って信用取引に持っていく。その商品、給料の代わりに配布されたり引き屋と呼ばれるなんでも買い取るやつらに売って小銭稼ぎをする。そしてまた週に1~2度、2~3万円を手渡される。辞めさせないためのやり口。当然、支払いがない会社から督促電話が入りだす。来月まとめてお支払いしますとお詫び。事が大きくなりそうなところには気持ちだけ少し払ってしのぐ。内容証明がやたらと届きだしそのうち告訴。社長はそのたびに出廷していった。今でもネットで検索すると被害者の会が残っている。が、結局ない袖は振れない。泣き寝入りした会社は相当あったと思う。ここに私は半年ちょい在籍したが最後は労働基準監督署へ行き「未払賃金立替払制度」を受けなんとか無事回収できたのだった。話は戻る。朝、渡された白い紙。書かれていたのは訃報。例の、あの息子だった。そしてそれが養子だったと初めて知った。一昨日会った時も相変わらず威張り腐ってた嫌なやつ
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一番怖かった経験 前編

霊的なものは別としてあまり怖いものって、私にはない。でもたった一度だけ本当に怖いと思う出来事があった。もう10年以上前。離婚し、近くの運送会社で働いていた私はここでとてもお世話になった。が、当時の私の仕事が丸紅に吸収されてしまった某企業のレンタルケータイを取り扱っていたため撤退を余儀なくされてしまった。フォークは乗れたが、トラックだけはどうしても苦手な私にこの会社は居場所を一生懸命探して下さったのだが子供二人の母子家庭の生活とせっかちな性格が先走り道路を挟んだ斜め前のとある物流会社に飛び込み応募をしに行ったw私の行動力ってすさまじいの・・今やれって言われても出来ないけどね。とにかく家と学校の近くで働きたい私にはなりふりなど構ってられない。さっそく社長さんに・・ん?社長さんもいらっしゃるのだが会長さんって方とお話することになった。あーまずったかも・・・どうみてもいわゆる「反社会的集団」っぽさが・・こんな近くにいたのに何で気づかなかったんだ!私のバカバカ!!でも他の人は普通だし、社長も普通のおじーちゃん。そして即採用頂いちゃったのでもう後には引けなかった。この話をした運送会社の上司や同僚からはやめとけと、そりゃそうだよね。私も逆の立場だったら言ってる。でも仕事がないよりいいし何より提示された給料がよかったのだ。とりあえず運送会社を退職。何かあったら逃げてこいとまで・・本当にありがたかった。働き出して、3度目の給料が遅れた。私だけでなく全員。そのころ反社っぽい方々の出入りが激しくなってきていつもフーガに乗ってやってくる右目から顎にかけて大きな傷のあるなんか知らないけど偉い人がいた。日
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