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静謐に想う【言の葉Cafe深夜営業】

こんばんは、 ようこそ【言の葉Cafe】へ ↑ 普段書かないけどやってみた(笑) さて、深夜と言う時間帯は少しセンチメンタルと言いますか、静謐な雰囲気の中では気持ちの内面が浮き出してしまいます。 良くも悪くも。 お昼のテンションではまだビジネスの勢いがあるので、比較的「上手く」書くことが癖になっています。少なくとも、意識はしているように感じます。 ただ、こうして夜の静謐に身体を置いて書くことになると、そうした事は何故か指が動かないものです。 つい、心情のままに書いてしまいます。 本当の意味で「アルゴリズムから解放されている」というのでしょうね。 ただ、こうした時間に考えごとをすると 良いことではなく、どちらかと言うと思い出したくないことが浮かんでしまいます。 特に人を傷つけたことは、どんなに時間が過ぎても鮮明に記憶の真ん中に鎮座しています。 人は何でもできるわけではなく、 どちらかと言うと出来ない事の方が多いのに、 その出来なかったことを悩み続ける。 以前も、深夜のブログに離婚した時のことや、 亡くなった恋人のこと、 自ら命を絶った母の事を想い出したことを書いた(ような)気がします。 昨日の事は思い出せないけど、忘れたい日々の事は忘れない。 忘れ物をしない旅行は無い。 忘れたいと思いつつ、定期的に想いだしてしまう。 亡くなった人に対して、時は戻らないし、 想いだすごとに苦しみの方が増します。 自分が苦しんだから、こんな出品をしたりも。↓ それでも解決できないものですが、 それでも、誰かに聞いてほしくなることもあります。 そんな時に、こうしたサービスがあることに なんだかダイレク
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静謐な文

こんにちは皆様。感情表現を表す言葉って幅が無いって話が書いてあった、そらそうだわ感情表現を書くより、行動を書いた方が早いのだ。行動を描いて表現すれば、感情は読んでる人が判断することだと思うのは私だけじゃないだろう。小説などでは感情を表現するのに、手を震わせたり、顔を歪めたりする、演劇と同じような手法だ。芥川龍之介の有名な小説で手巾ってのがある、亡くなった息子の話をしている女性が微笑んでいる、余り思いが強くなかったのか、それとも時間がっ立ったからなのかと思っていた。ふとした拍子に彼女の手元を見ると手巾を握りしめて、手を震わせていた、その行為が武士道って絶賛するのだが、ストリンドベリの二重の演技と言う一節が目に入る。その小説で感情表現が必要か?否と考えると、感情表現をあえて表現する必要があるのは自身の日記や私小説だけなのかもしれない。最もネットの中には色々な表現が在って、それを使っていくのは大事かもしれないが。静謐な中に感情が垣間見れる文を作りたいといつも思っている。いつも、有難う御座います。
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