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普通と偏見

普通、という言葉は、外国語はどうか知りませんが、日本語にはいろんな意味や意図が含まれているように思います。 言っている側の意図もあるし、受け取る側の状態によっても意味が変わってくる。 そして自分が「普通」にこだわることで「内なる偏見」を育ててしまうこともあります。 優しい「普通」と傷つける「普通」、普通が生み出す「偏見」について考えてみました。 1.普通とは つまり、大多数、一般的、ということですよね。多数派、ということです。 しかしそれは何か統計を取った上で、いわゆる「エビデンス」があるわけではない。 言っている人の周辺で起きている事象に対し、違和感なく受け入れられる、自分も同じだ、と感じたものを「普通」と言う言葉で表現しているのだと思います。 つまり、「普通は~だよね」と言っている人の小さな文化圏の中のお話、と言えます。 2.「普通」に傷つく、苦しめられるとき 同じ感覚でいられるときに、わざわざ「普通は~だよね」なんて言い方はしません。 大抵は、相手の言い分が自分自身や自分を含めた大多数と違うものだと感じ、受け容れられないときに「それはあなたがおかしい」と主張したいときに「普通は~だよね」と言ったりします。 なぜ「普通」という言葉を使うのか。 それは、「私は」と言うことによる責任を回避するためです。 相手には相手の言い分や立場があることが分かっていて、場合によっては反論されるかもしれない。 その時に「私が思っているんじゃなくて、他の人たちが…」と弁解して反論を躱すためです。 3.「普通」が嬉しいとき 逆に「それって普通だよね」と言われて心が楽になることもあります。 実体験を
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メンタルヘルスリテラシー

10月10日は「世界メンタルヘルスデー」です(スポーツの日でもあるけど)。メンタルヘルス問題に関する世間の意識や関心を高め、偏見や社会的スティグマを無くし、正しい知識を普及するために定められた国際デーです(wikipedia)メンタルヘルスについての知識とは、私達カウンセラー、ソーシャルワーカーにとっては当たり前の知識ではありますが、だからこそ改めて振り返ってみたいと思います。1.メンタルヘルスリテラシーとはこれは、「健康を高め、維持するのに必要な情報にアクセスし、情報を活用するための、個人の意欲や能力を決定する認知・社会的スキル」(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターHP)と定義されています(Kutcher,S)。健康の増進維持のための情報は世の中に溢れています。科学的根拠があるもの、新しすぎてまだないもの、いずれでも無いもの(言い伝えや土着の風習など)など、インターネットがライフライン化している現代では、調べようとすればいくらでも出てくるでしょう。むしろ、情報が多すぎて迷ってしまうくらいです。リテラシーとは、そうした情報の海の中から、自分が必要とするものを選択し活用することが出来るスキルのことです。からだの健康であれば、体重とか血糖値とか血圧とか体脂肪率とか、手軽に自宅でも測定できる数値があります。しかしメンタルヘルスは数値で測定することはできませんよね。だからこそ、山のような情報の中から何を選び取って自分のメンタルヘルスに役立てるか、を決めることは、迷うことの連続でしょう。2.メンタルヘルスの敵は「偏見」前出のKutcher氏は、メンタルヘルスリテラシーに含ま
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