占わなくともわかっていることが世の中にはたくさんある。水は重力にひかれて落ちていく。天空に重い星があれば水は天空に向かうだろう。
スポーツチームの対戦でもランクが違えばほぼ勝敗はやる前から分かっている。同じことは試験、仕事、裁判、でもいえることだ。試験はいきなり成績が上がることはない、熱出して試験で失敗して落とすことはある。仕事も同様、良い製品高い製品に対抗するには、せめて安いかそれ以上よくしないといけない。裁判も同様、良い弁護士は事件を聞いたときから落としどころが見当ついていて先に言う。
このようにわかり知れた問題でも占いに頼ることがある。占いでよいことを言ってもらい、モチベーションを上げる、あるいは維持するためだ。この使い方が最も悪い。
負ける戦いでも勝てる方法はないか探るという使い方が正しい。しかし、その方法に難癖付けて自分のスタイルでないとか言い出すと結局自分を超えられず、まんまの運命に甘んじる。
また、対戦や受験直前で相談するのも意味がない。直前で軌道修正してもうまくいくウルトラCはなく、月に向かって飛び続けていた宇宙船を金星に向かわせるようなことはできない。
婚活アプリや、結婚相談じゃない出会いがしたいが、周りに男けがないとか、どうして出会えばいいとか、飲み屋で一人飲みは嫌だ、ではSNSはどうとなれば、男の人を引き付けたい、というたらSNSで、公園の花、自分の作った料理、着こなしている自分の姿を、相手にだけ送ることはかなり効果がある。しかし、こんなの嫌いだというて乗り越えられない。したがって、運は展開しない。
結局いくら案を出しても、自分の抵抗とトラウマ、あるいは映画かドラマの刷り込みで自分に難題を課して乗り越えられなくなってしまている。
天に向かって口開けているだけで落ちてくるのは雨と鳥の糞だけだ。行動を変えていかないと運命は変わらない。この先は、カウンセラーさんや、密教修行にいくしかなかろう。