怒りは自己を正当化し、正義になりすまそうとする

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コラム
【軽やかに暮らす】

自分が腹を立てた時、怒った時、少し冷静になって考えたい。

「この怒りで自分を正当化していないだろうか」
「正義になりすまそうとしていないだろうか」

怒れば怒るほど自分を正しいと思い込むようになる。自分の正義がすべてだと思うようになる。だから百人いれば、百の正義がある。

でも正義には制限がある。

 「決して人を傷つけてはいけない」

怒りが自分を正当化するのは、自分の心のクセかもしれない。
だから同じことを何回も繰り返す。だったら、変える行動を試してみればいい。

例えば、
「腹が立ったら、自分が信じる『正しさ』について疑う」

多くの怒りはこれで少し収まり、心は落ち着きを取り戻す。怒りの行き場を確保することができる。これは相手だけでなく、自分を守ることになる。

 そして、怒りの原因となった事象を冷静に整理する。
これは心でなく認知脳の仕事だ。

「怒り」という感情が、認知脳の中に入り込むと「正義」という偽りの論理を作り出す。だから、怒れた時は少し立ち止まって考えたい。

それでも自分の正義を押し通すとしたら、それは、他人を傷つける覚悟がいる。正しいことをしても、それによって誰かを傷つけたら自分を律する責任がある。それが覚悟だ。

正義を謳って自分だけは安全地帯にいることは出来ない。


怒れた時は少し立ち止まって考えたい。
怒りという感情と正義という論理を切り離して考えたい。
正義から生まれた怒りなのか、怒りから生まれた正義なのか
冷静に判断したい。

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