まじめに、正しく
一生懸命に生きようとしてきたはずなのに
なぜかいつも満たされない。
「どうして私は、こんなにも苦しいのだろう」
そんな問いを持ちながら
自分でも気づかないうちに、心をギュッと固めていた私の物語です。
■ “わたし”を置き去りにして生きてきた始まり
わたしは、田舎の大家族で育ちました。
両親、祖父母、曾祖父母、叔父、小学生だった叔母まで含めた9人暮らし。
その中で、初孫として生まれました。
4年後に弟が生まれましたが
わたし自身、「大切に育てられた」という実感はあまりありません。
とはいえ、「大切にされなかった」と感じたことも、正直ありませんでした。
当たり前すぎた家族の環境の中で、
自分がどう扱われていたのか、どう感じていたのか――
その感覚が、抜け落ちたまま、大人になっていったように思います。
■ 気づかないうちに、心が固まっていた
今になって振り返ると、
あの頃のわたしは
「自分が何を感じているか」に気づくことさえ、なかった気がします。
泣きたいときに泣かず、
言いたいことを飲み込んで、
ただ“その場の空気”に馴染もうとする。
そうやって、知らないうちに感情を凍らせて、
心の動きを止めてしまっていたのかもしれません。
気づかないうちに
心が固まり、感情が遠くなっていた・・・
だからこそ、大人になった今でも、
「自分がどうしたいのか」
「何を感じているのか」
が分からなくなる瞬間があるのです。
■ 母の言葉が、わたしを縛った
母は、大家族の長男に嫁いだ苦労を、わたしに繰り返し語りました。
「嫁が憎いとその子まで憎いんだ」
「初孫なのに祖父母にはおんぶも抱っこもしてもらえなかった」
「弟は跡取りだから別」
まるで呪文のように
母のその言葉は、何年も耳元でささやかれていたように思います。
わたしが嫁ぎ、母となり、50歳を過ぎても
――母はまるで昨日のことのように
何十年も前の話を語り続けました。
その姿を見るたびに
「少しでも側にいたくない」
「聞きたくない、巻き込まれたくない」
という感情が湧いてくる自分に、気づくようになりました。
■ 「お姉ちゃんだから」の重さ
わたしは、よくこう言われて育ちました。
「お姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんなのに、しっかりしてるね」
「いい子やね」
そんな言葉をかけられるたび、母は嬉しそうにしていました。
でも、わたしの心の中は、苦しさでいっぱいでした。
「わたしはそんないい子じゃない!」
「泣きたいし、甘えたいし、怒りたい!
そう叫びたくなる気持ちを押し殺して
わたしは “いい子の仮面” をかぶり続けました。
■ 「家族の当たり前」が、自分の感覚を曇らせていた
母はわたしが20歳のときに離婚し
それ以降も彼女自身の人生の痛みを、わたしに話し続けました。
でも、わたしは
自分が見てきた家族が私にとって、いわゆる「普通」だったので
「家族ってこういうものなんだ」と思い込んでいました。
自分がどう感じていたかに意識が向くことは、長い間ありませんでした。
■ “わたし”を取り戻すための旅
こうして振り返ってみると、
「自分の感情を感じる」ことをあきらめ
「自分を守るために、何も感じないようにしていた」
そんな幼少期だったのだと思います。
あとがき
まじめに生きることは、多くの人にとって責任感や義務感を伴うものであり、時に息苦しさを感じることもあります。
社会的な期待や自身の理想に応えようとするあまり、心の余裕を失ってしまうこともあるでしょう。
しかし、まじめさは必ずしも息苦しさを伴うものではありません。
大切なのは、バランスを見つけることです。
自分自身を大切にし、リラックスする時間を設けることで、心の負担を軽減することができます。
また、完璧を目指すのではなく、時には失敗や不完全さを受け入れることで、自由な心を取り戻すことができるでしょう。
まじめに生きることと、心の健康を保つことは両立可能です。
自分に優しく、時には肩の力を抜いて、人生を楽しむことも忘れないように...
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