今日もよろしくお願いします。
さて、今日のテーマは「今やっていることは正解なのか」という話です。
このテーマについてお話ししようと思ったきっかけは、先日「気功をやっています」という話をしたことです。
気功を始めて6年、7年か8年くらい経っていて、結構長く続けています。
やっていて、できるようになったという点では良いと思っています。
ただ、残念ながらという言い方は微妙ですけれども、費用対効果という意味では残念な感じには、現状ではまだなっている状態です。
「それでもなぜ続けているんですか?」と軽く聞かれたことがあったので、その理由についてお話しできればと思います。
続けられている理由はすごく単純で、「続いているから続けている」というのが一番大きな理由なんですね。
めっちゃ楽しいからやっている、というわけではありません。
毎日自炊して健康に良いものを食べるとか、8時間寝て脳に良い睡眠を取るとか、運動して体に良い刺激を与えるとか、体を良い状態に保っておくというのと似ている感覚です。
気功をやることで、スピリチュアル的に相手の表面だけではなく、もっと深い部分まで見られるようになるんじゃないか、とかそういう思いはあんまりないです。
自分の思想として、身体、精神、スピリチュアルのバランスが崩れると、全体的に落ちてしまうと思うので、その中でスピリチュアルを意識してアプローチできるので、気功を続けているところもあります。
気功をやっていて一番良かったことは、人と接している中で「あ、この人ちょっとヤバいかも」ということがすごいわかるようになったこと。
対人センサーみたいなものがついた、というところが実利として良かったんじゃないかと思っています。
ただ、気功をやっていることが正解かどうかというと、まだ全然わからないです。
期間的に長いかもしれないし、これからどう繋がっていくかも全然わからない。
将来的にどうなるかなんて、今の時点では全然わからないので、正解かどうかなんてわかることはないと思うんですよね。
例えば野球に興味を持って3日でやめてしまったら、その経験が正解だったのかどうかはわからないですよね。
もし続けていたらメジャーリーガーになっていた可能性だってありますし、逆に才能がなさすぎてやめて良かったかもしれません。
その時点では下手で全然ダメで未来がなさそうに思えても、ダメなところを通ったからこそできることもあると思うので、一概に失敗とは言えないですし、もしかしたら続けていれば正解になったかもしれない。
でも、途中でやめてしまったら、それが正解かどうかを判断する機会もなくなります。
ですので、なんだかんだある程度続けて、やっていることが正解かどうかがわかる。
(それでももっと時間が必要で、わからないかもしれませんが)
というのもあってですね、なんとなく続けられているんだったら、続けたほうがいいんじゃないかなと思っています。
続けるためには多少なりともエネルギーが必要だと思うんですけれども、続くならばエネルギー的に多く必要ないですし、続けることで得られるものがあるかもしれません。
スティーブ・ジョブズ的に言うと「点と点がつながって線になる」的なこともあると思うので、とりあえず続けられるものは続けたほうがいいんじゃないかなという気がしますね。
未来でどう繋がるかわからないですし。
これが正解だ、と断定するよりも、「これも正解なのかもな」ぐらいの穏やかな気持ちでいるのが良いんじゃないかと思います。
正解か不正解かという二択にするのではなく、続けられているから続けている、という意識が一番良いのかなと思っています。
自分は昔、紅葉の時期にカメラにすごくハマっていて、毎週のように山梨に行っていたことがありました。
毎週土日に1泊2日で行き続けていたんです。
単純にコストだけ見ると不正解かもしれません。
でも、たくさん行ったおかげで山梨に詳しくなったり、いろんな風景を見られたりしたおかげで、結果的には全然良かったなと思うんです。
だから、「自分に素直に従う」というところが正解・不正解に関わらず大切なんじゃないかなと思います。
そもそも「正解」って、どの時点での正解か、何を持って正解とするのかで全然変わってきますよね。
「これをやるのが正しい」というように思考で決めるよりも、直感的に進んでいくのも良いのかなと思います。
続けられている、という感覚が軽やかで面白いぐらいがちょうど良いんじゃないかと。
正しいか正しくないかという基準が、倫理的とか法律的にというのもあるかもしれませんが、それとは関係ないのであれば、やりたいことをやるぐらいなら良いんじゃないかなと。
正解・不正解を基準にするのが、そもそもよろしくないんじゃないかと思うんです。
学校教育の賜物なのかもしれませんけどね。
社会人になると「これが正解」というシーンはほとんどないと思うので、学校教育みたいな正解はほとんど存在しないはずです。
だから、その考え方は学生のうちに捨ててしまうのが一番良い気がしています。
今日もありがとうございました。
ではまた。