今日のテーマは「運命のようになぜか選ばれる」。
このテーマについてお話ししていきます。
よろしくお願いします。
自分はもともと理系で、今も理系かもしれませんが、とりあえず理系です。
そうなるとスピリチュアルとは縁遠いとは思います。
理系の自分が、なぜスピリチュアルに興味を持ったのか。
今やっている気功も知らない当時のスピリチュアルのスタンスを考えてみると、自分はどちらかというと科学信仰的というか、目に見えないものなんて存在しない、っていう頭の硬い側にいたと思うんですよ。
なのでスピリチュアルなんて存在しないし、そんなの嘘じゃん、という立場でした。
それから気功を学んで、実践していくことで、そういった考え方が軟化していって、スピリチュアルって普通にあるよね、という方向性に変わりました。
ここでふと思ったんです。
なぜ自分はもともとスピリチュアルなんて信じないっていう側だったのに、急にガラッと考え方を切り替えられたんだろうな、って考えたんです。
その理由を考えてみたときに、自分の中の経験で、これって科学的によくわかんないな、っていう話や経験としてあって、頭の片隅にずっと残っていたんじゃないか、という思いがありました。
ということで、運命のようになぜか選ばれた話をしてみようかと思います。
話は小学5、6年生ぐらいに遡ります。
自分には小学生時代の記憶というか思い出はそんなにないのですが、強烈ではないかもしれないけれども、なぜか今も残っていることの1つが、なぜか人前で話す役割がなぜか毎回に回ってきたんです。
小学校の頃、運動会があったと思います。
全校生徒が集まって行う大きなイベントの、体を動かすあれです。
運動会では、高学年、小学5年生か6年生になると、何か役割、テントを設営したり、白線を引いたり、当日競技に合わせて誘導をしたりとか、そういった役割が振られると思うんですよ。
5年生のとき、自分は何をしていたかというと、なぜか放送委員をやることになったんです。
どうやってその役割が決まったのかは覚えていませんが、放送委員なので全体に向けて話す役割を担っていました。
しかもなぜか覚えていないんですけれども、運動会の最初、先生とかの案内をする人になって、すごい人前に出ることになったんですよね。
正直、なぜそうなったのかさっぱりわからないですが、結構人から目立つというか、先頭に立っていくみたいな感じのことをやることになりました。
それで、人前に立つのがなんとなく誇らしかったので、よし、6年生でも放送委員をやってやるぜ、って放送委員に立候補したんですけれども、なぜか6年生のときには大量に立候補者がいて、それぞれがどうして放送委員をやりたいか所信表明をして、普通に負けて別の役割になって、結構残念だったんですね。
だったので、自分は得点係という、競技の得点を計算する係になったんですよ。
得点係って、得点を集計するだけで人前で話すことはないだろうなと思っていたら、なぜかのなぜか最後の最後に得点を発表する役割になってしまったんです。
結局、今あるかはわからないですけれども、校長先生が外で立って話す壇みたいな場所に上がって、赤組と白組に分かれていたんですけれども、その得点発表をすることになりました。
個人競技だとそれぞれ何点で、団体競技だとそれぞれ何点、応援ポイントがあったので応援は何点、といった発表をするという。
まさかの最後の最後に総合発表の役割を任されて人前で話すことになるということになりました。
なぜか放送委員のときよりもむしろ目立っていて、おおとりをやることになっていました。
自分で全く意図しておらず、得点係でそんな人前で話すんですか、みたいな感じで言ったんですけれども、なぜかやることになり。
そして他にも得点係をやっている人も何人もいたんですけれども、なぜかあなたでいいよね、みたいなスタンスでこられたのが、未だになぜか全くわからないでです。
ということを思うと、科学的に自分に何かがあったとか、どうこうという話では全くなくて、今思うと本当に運命のように選ばれたなという話でした。
中学や高校では、ちょっと頭が固くなっていたんですけれども、その頃は運命のように選ばれることは逆にありませんでした。
ですが、小学生の頃は純粋で、純粋というか思考が柔軟だったからなのか、自然体だったからっていうのがあって、運命によって選ばれていたんじゃないかっていうのを、今になって思います。
なんか、自分の意思や意図を超えた流れとか、役割ってあるかと思いました。
それがまさに、頭で考えて頑張ろうとすると逆になれなくて、自然体でいる、運命に身を委ねているような、そんな感じで構えていると、驚くような役割とか出会いとか成果が出てくるんじゃないかと思います。
頭で考えたルートで物事が叶うかはわからないというか、大抵その通りにはならない。
少なくとも自分の人生の場合は全然そうはならないんです。
むしろ流れに身を委ねていくと、面白い結果になっていくんじゃないかと。
そうしたら想像以上のルートで叶っちゃった、的なことになると思います。
ということで、今日は「運命のようになぜか選ばれる」というお話でした。
今でも振り返っても、なぜそうなったのか、さっぱりわからないです。
別に自分がそういう役割を積極的にやってきたとか、そういうわけでも全くなかったんで、今振り返ると、運命みたいな力が働いていたんじゃないかと思いました。
運命はわからないから、むしろそうだからこそ「運命」と呼ぶのだと思います。