相手に孤独を感じさせないようにしたくても、自分が無意識にしたことが相手に孤独を感じさせてしまうことってよくあることですよね。
自分が孤独を感じることならよくわかるかもしれませんが、自分以外の人間に孤独を感じさせることは意識してもなかなかピンと来ないかもしれません。
自分の世界の中では当たり前なことをしても、相手の世界の中では当たり前なことではないということを頭ではわかりながらもやってしまうことはよくあることです。
後になって相手から「あの時は〇〇だった」と話してくれる人なら良いですがそのように自分が思ったことを直接話してくれる人ばかりではないということを私たちは知っています。
万が一、そのような人が恋人であったり、パートナーであったりした場合。
私たちはどのように相手に対して呼びかけをしたり心を寄せれば良いのだろうかと思い悩むことでしょう。
人は孤独を感じる時は自分のことをわかってもらえていないと思った時や自分のことをわかろうとしてくれないと思った時であるということも考えればわかることです。
では、相手を理解することや自分を理解することとはどのようにしていけば良いのかと考えてみましょう。
まずは自分の立場から見ていきましょう。
自分が相手に何か自分の気持ちをわかって欲しいと思う時、相手がどのような態度やどのような言葉を発してくれたら自分は安心感を得ることができるでしょうか。
例えば、自分が子供だったとします。
目の前に欲しいものがあり、親に買ってもらわないと買えないものがあるとします。
この時にあなたは心の中で「これ欲しいなー」とずっと商品とにらめっこしている状態を想像してみてください。
この時、子供のあなたは日頃親からどのようなことをして貰っていたら我慢できるでしょうか?
勿論購入してもらえることが一番かもしれませんが、そうでないときのことを考えてみてください。
購入してもらえない時に常日頃どうされていたら心から素直に「今日は我慢しよう」と思えるでしょうか?
それはきっと常日頃から与えられていれば素直に「今日は我慢しよう」と思えるのではないでしょうか。
ここから考えてみてください。
常日頃から与えられているからこそ、ここぞという時には我慢ができるということです。
我慢という言葉は適切ではないかもしれませんがすぐに別のことに切り替えができると言っても良いでしょう。
しかしなかなか切り替えができない人は、ここからずっと欲しいおもちゃやお菓子のことを考えながら時間を過ごすことも少なくないかもしれません。
これは大人でも同じことが言えます。
そして恋愛などの人間関係でも同じことが言えるということです。
常日頃から信頼関係が出来ていれば、どのような状態に陥っても理解する心を寄せることができるということです。
しかし、そうでない場合、相手に対する疑念が湧いたり、信じようと思ってもなかなか信じることができないことも出てくることでしょう。
そしてそうできない自分自身を責めたりダメな自分だと自分を卑下してしまう人も多いです。
ですが、そうではありません。
自分を卑下する前に常日頃の自分と相手との関係性を見直してみましょう。
相手との関係がしっかり確率していないのに自分を卑下するのは違うということです。
自分を卑下してダメな自分だと思うことは簡単なことです。
無意識に自分は「努力」から逃げている。
そのように意識を変えてみて頂き、自分と向き合う勇気を持って頂きたいと思います。
愛されたいと思うことは誰だって同じことです。
しかし、まずはあなたが自分のことを愛してあげなければ、自分が本当に心から求めている愛情を相手から与えてもらうことはできないからです。
もっともっとと愛情を求める前に、もっともっと自分に意識を向けてあげて、
もっともっと自分の毎日をより楽しいものにできるようにと1つ1つできることを積み重ねていって頂けたらと思います。
できないことに意識を向けるのではなく、どんな小さなことでも構わないので自分が出来たことに意識を向けるようにしていきましょう。
自分ができたことが明確にわかると、それがおのずと少しずつ自分の自信へと変わっていきます。
自分の心の中で自分を疑って心の中でネガティブなセリフを言ってしまう考え方を変えていきましょう。