魚は血合いが一番うまい

魚は血合いが一番うまい

記事
コラム
魚は、血合いが一番うまいと思っています。

もちろん、きれいな白身もおいしい。

澄んでいて、上品で、雑味がなくて、誰にでも受け入れられやすい。

でも、私は血合いの濃さが好きです。

少しクセがある。
香りも強い。
人によっては苦手かもしれない。
でも、そこにしかない味がある。

魚の中で一番「生きものだった」ことを感じる場所。

そこに血が通っていた感じがする。

これは、仕事や発信やサービスにも似ていると思います。

誰にでも受け入れられるように、きれいに整えることはできます。

わかりやすくする。
角を取る。
余計なものを削る。
清潔にする。
無難にする。

それは大切です。

でも、全部をきれいな白身みたいにしてしまうと、どこか物足りなくなることがあります。

その人の濃いところ。
こだわりが出るところ。
少し面倒くさいところ。
譲れないところ。
うまく説明できないけれど、どうしても見てしまうところ。

そういう場所にこそ、その人の味があるのだと思います。

思想も同じです。

薄めれば、伝わりやすくなることがあります。

でも、薄めすぎると、誰のものでもなくなる。

きれいではあるけれど、血が通っていない。
正しいけれど、熱がない。
わかりやすいけれど、残らない。

そういうものになってしまうことがある。

私は、少し濃いところに惹かれます。

その人が何度も考えてしまうこと。
つい熱が入ってしまうこと。
他の人なら流すのに、自分だけは引っかかってしまうこと。

そこには、血が通っている。

だから、おもしろい。

「おもしろい」は、ただ笑えるということではないと思っています。

少し世界の見え方が変わること。
今まで別々だったものが、ふっとつながること。
自分の中にない感覚に触れること。

そういう気づきがあるから、おもしろい。

そして、その気づきはたぶん、薄い場所よりも濃い場所から生まれます。

血が通っている場所に身を置かないと、しんどくなることがあります。

ずっと無難にしていると、疲れる。
ずっときれいに整えていると、息が詰まる。
ずっと誰にでもわかる言葉だけを選んでいると、自分の声が遠くなる。

だから、自分の濃いところをなかったことにしなくていい。

もちろん、血合いだけを出せばいいわけではありません。

クセが強すぎると、届かないこともある。
濃すぎると、相手が受け取れないこともある。

だからこそ、料理する必要がある。

どう切るか。
どう火を入れるか。
どう香りを整えるか。
どういう順番で出すか。

濃いものを、そのまま投げつけるのではなく、ちゃんと届く形にする。

でも、最初から薄めきってしまわない。

その濃さがあるから、記憶に残る。
そのクセがあるから、誰かにとっての「これがいい」になる。
その血が通っているから、言葉にもサービスにも体験にも温度が出る。

魚は血合いが一番うまい。

少なくとも、私はそう思っています。

そしてたぶん、人の仕事や発信も、同じです。

きれいなところだけではなく、
その人の濃いところにこそ、いちばんの味がある。

だから私は、その濃いところを見つけたい。

血が通っている場所から、その人の言葉や体験を作りたい。

そこに、その人のスタイルがあるのだと思います。

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