こんにちは、産業カウンセラーの柴田佳苗です。
映画「ミステリと言う勿れ」もじゃもじゃ頭の菅田将暉主演2年くらい前ですが、観たことありますか?
最後のほうに出てくるセリフ・・・(一部抜粋)
「アメリカの刑事ドラマではひどい目にあったりした時、必ずカウンセリングを受けさせられてる、カウンセラーのOKが出ないと、仕事に復帰できないんです。」
「それって多分人の弱さを認めてるからだと思う。壊れやすくて病むことも倒れることもある。それが当たり前だと思うから修復する直そうと思う。」
「日本では弱さを認めない。弱いものは負けて壊れないのが正しい。壊れたら退場で悩むことすら恥ずかしい。相変わらず根性論です。弱くて当たり前だと誰もが思えたらいい」
主人公が女子高校生(たしか)にカウンセリングを勧めた会話です。
私は、「心が弱いのは根性が足りないからだ!」の根性論当たり前世代でした。
もちろん、困難に直面した際に諦めずにやり抜くことや、目標に向かって努力し続けることは、人生において非常に大切な要素であると理解しています。
しかし一方で、「根性」という言葉の裏に隠された別の側面にも目を向ける必要があります。
「精神的に弱いと思われたくない」「自分で解決すべき問題だ」といった思いから、一人で問題を抱え込み、心身をすり減らしてしまうことがあります。
誰しも弱い部分はある、その弱さを認め受け入れることこそが、真の強さだと思っています。
誰かに大変な悩みを打ち明ける、助けてもらうための一言を発するのは、結構勇気のいることだったりします。
どんなに強い精神力を持つ人であっても、困難な状況が延々と続けば、心は疲弊し、病に繋がる可能性もあります。時には、一度立ち止まり、状況から距離を置くことも必要です。それは決して「逃げ」ではなく、自分を守り、回復するための選択です。
自分の周りにそんな人がいたら、教えてあげて下さい。
○メンタルヘルスケアの認識の違い
日本と海外ではまだまだ認識の違いはありますが、少しずつ法律も手伝ってかカウンセリングを受ける文化が浸透しつつあるようです。
専門家のサポートがごく自然のこととして受け入れられている海外のように、「ちょっとカウンセリング受けてきます!」と気軽になるとよいなと思っております。