「元教員なのに、親になったら分からなかった」シリーズ第1弾
教員をやめて三年以上がたちます。
でも娘の不登校が始まったとき、担任に電話するのが怏れしかった。
元同僚の立場で、自分の子どもの担任に電話する——なぜこんなに足が重くなるのか、自分でも不思議でした。
■ 教員だった私が、担任に電話できなかった理由
最初に気づいたのは、「先生側の事情が分かりすぎる」ことでした。
担任が今どれくらい忙しいか、学校の中でどんな対応が可能でどんな対応が難しいか、そういった現場感格があるからこそ、「こんなことを言っていいのか」と気になってしまう。
「こんなたいしたことで担任を困らせたくない」「先生に判断されたくない」「小さな親に思われたくない」
教員経験があることが、逆に電話を隣んでいました。
■ 「元同僚」という経験が足を引っ張る
教員として同僚に当たる担任に電話するのは、教師同士の会話のような気持ちになってしまう。
「こういうときはこう言えばいいのに」「この対応は適切なのか」「私あったらこうするのに」——自分の内心で担任の対応を関係者の目で見てしまい、「こんなことを言っていいのか」とまた気になる。
教員経験があることで、普通の親とは違うプレッシャーがかかっていました。
■ それでも電話した日のこと
最終的に電話することになったのは、娘の様子が思ったより深刻だと気づいたからでした。
専門家としての知識より、親としての直感が先にきた。
電話で担任に伝えた内容は、到底平凡なことでした。「娘の様子を教えてください」「週に一度連絡をもらえますか」——それだけでよかった。
教員だからといって特別なことを言わなくてよかった。
■ 元教員の私が教わったこと
教員経験は、担任への電話にはぜんぜん役に立ちませんでした。
役に立ったのは、「親としての本音」だけでした。
「娘のことが心配です」「先生に伝えたいことがあります」——専門家の言葉でなく、親の言葉で電話すること。それで十分だった。
元教員でも、親になりたてないことはあります。
担任への電話に怖さを感じているなら、それは教員経験があるからじゃなくて、それだけ子どものことを真剣に考えているからです。
一人で抱えていることがあれば、えんがわ相談室に話しかけてみてください。