わたしの転職物語
59歳、白衣を脱いで
キーボードを握る
ナース40年・ケアマネ7年を経て、Webデザイナーへ。
リスキリング支援を活用
Webデザイン勉強中
フリーランス目指して
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20
結婚、そして夢へ走り出した20代
20歳で結婚した年に、准看護師学校の門をくぐった。21歳で入学し、23歳からは正看護師の専門学校へ。 県の奨学金を借り、勤労学生として働きながら学ぶ日々。透析・外来・外科病棟での実務経験を積みながら、26歳でついに正看護師資格を手にした。
卒業後は循環器を専門とする病院へ。病棟・カテーテル検査室・ICUと、緊張感の連続する現場を渡り歩いた。 夜勤の給与が家計を支え、その代わり体は常にギリギリだった。
30
4人の子どもと、趣味と、医療現場
気づけば4人の親になっていた。趣味はTVゲームからバイク、そしてスノーボードへと進化し、 子どもたちと毎年雪山へ行くのが家族の恒例行事になった。
子育ては決してスムーズではなかった。長女・次女は中学からやや反抗期気味。長女は18歳で結婚し、 次女は定時制高校の夜学へ進んだ。長男は県立高校を中退し、通信で高卒資格を取得、20歳で出来婚。 ――それでも、数年後には長女も次女も看護師になっていた。
「あの頃反抗していた子たちが、気づけば同じ白衣を着ていた。人生って、本当に読めない。」
3女は進路を悩んだ末、姉のアドバイスで衛生看護科へ。最短20歳で看護師になれるルートだ。 見事資格を取得したが、3年目に退職。好きだったイラストの世界へ飛び込んだ。 それもまた、ひとつの正解だと思う。
49
訪問看護との出会い、そしてケアマネへ
3女が高校に入学した頃、約20年勤めた病院を退職し、訪問看護の世界へ踏み出した。 そこで初めて「ケアマネジャー」という職種の存在を深く知った。
患者の自宅、家族、行政、保健所、人権擁護委員、社会福祉協議会――。 医療業界だけを見てきた自分が、社会のもっと広い層と繋がっていく感覚は新鮮だった。 「個人事業主として働けるかもしれない」。その夢を胸に、52歳でケアマネ資格を取得した。
20代前半
准看護師→正看護師取得。透析・外来・外科で臨床経験
20代後半〜40代
循環器病院で約20年。病棟・カテーテル室・ICUを経験
49歳
病院退職→訪問看護へ。ケアマネの存在を知る
52歳
ケアマネジャー資格取得。個人事業主の夢を描き始める
59歳
退職。Webデザインのオンラインスクールでリスキリング開始
59
59歳、Webの世界へ飛び込む
退職後の生活費は? 答えは明快だった。20年以上払い続けた雇用保険が、約6ヵ月分の失業給付として戻ってきた。 その期間を、Webデザインの勉強に全集中することにした。
もともとPCを触るのは好きだった。そして2023年、AIとの出会いが決定打になった。 「この波に乗れるかもしれない」という直感が、医療・介護40年のキャリアに区切りをつけさせた。
患者さん、高齢者、ご家族、行政――。
ずっと「人」と向き合い続けてきた。
その眼差しは、Webデザインでも変わらない。
使う人の気持ちを想像できること。それが、わたしの武器になると信じている。
リスキリング支援を活用したオンラインスクールで、毎日コツコツとデザインを学んでいる。 目標はフリーランスのWebデザイナーとして、自分のペースで社会と繋がり続けること。
59歳は、終わりじゃなくてスタートだ。