私は、経営者の孤独を説明することをやめた。 ― 同じ店にいても、見えている景色は違う。―

私は、経営者の孤独を説明することをやめた。 ― 同じ店にいても、見えている景色は違う。―

記事
ビジネス・マーケティング
私は、

スタッフに、

できるだけ、

理由を伝えるようにしていました。

「これをやって。」

だけではなく、

「なぜ、

これをやるのか。」

そこまで、

伝えたいと思っていました。

理由が分かれば、

言われたことを、

やるだけではなく、

自分で考えられるようになる。

そう思っていたからです。

仕事のやり方。

接客。

仕込み。

掃除。

発注。

人件費。

店のルール。

できるだけ、

「なぜ?」

を説明しました。

でも、

会社が大きくなるにつれて、

私は、

一つのことに、

気づき始めました。

説明できることと、分かり合えることは、同じではない。

経営者には、

経営者にしか、

見えていないものがあります。

今日の売上。

今月の利益。

人件費。

借入金。

設備投資。

資金繰り。

新しい店を、

出すのか。

店を、

閉めるのか。

誰を、

採用するのか。

誰が、

辞めるかもしれないのか。

取引先との関係。

そして、

そこで働く人たちの、

生活。

一つの判断をするとき、

私の頭の中には、

いくつものことが、

同時にありました。

スタッフから見れば、

一つの出来事でも、

私から見ると、

その前にも、

その後にも、

たくさんのものが、

つながっていました。

だから、

私は、

できるだけ、

説明しようとしました。

分かってもらいたい。

そう思っていました。

でも、

それでも、

伝わらないことがありました。

あるとき、

スタッフから、

言われました。

「誠意がない。」

別のときには、

「社長が、

何を考えているのか、

分かりません。」

私は、

その言葉に、

傷つきました。

自分なりに、

考えている。

自分なりに、

説明している。

スタッフのことも、

会社のことも、

考えている。

それなのに、

なぜ、

そう見えるんだろう。

私は、

何度も、

考えました。

「俺が、おかしいのか?」

もっと、

説明すれば、

分かってもらえるのか。

もっと、

話せば、

同じ考えに、

たどり着けるのか。

私は、

そう思っていた時期があります。

でも、

長く経営を続ける中で、

少しずつ、

考え方が変わりました。

スタッフと、

経営者は、

同じ店にいます。

同じお客様を見ています。

同じ一日を、

過ごしています。

でも、

立っている場所は、

同じではありません。

だから、

見えている景色も、同じではありません。

これは、

どちらが上で、

どちらが下という話ではありません。

経営者だから、

正しいわけでもありません。

むしろ、

スタッフにしか、

見えないものもあります。

お客様の、

小さな変化。

現場で起きている、

ちょっとした不満。

スタッフ同士の、

空気。

経営者には言わない、

本音。

毎日、

現場にいる人だからこそ、

見える景色があります。

反対に、

経営者にしか、

見えない景色もあります。

来月の支払い。

半年後の資金。

会社全体の人件費。

設備の更新。

店を続けるのか。

撤退するのか。

その判断によって、

何人の生活が、

変わるのか。

同じ店にいても、

見ている時間の長さも、

範囲も、

違います。

だから、

同じ出来事を見ても、

同じ答えになるとは、

限りません。

私は、

そこを、

長い間、

分かっていなかったのだと思います。

私は、

説明すれば、

分かり合えると思っていました。

分かり合えれば、

同じ結論に、

近づけると思っていました。

でも、

違いました。

相手の話を理解することと、同じ結論になることも、別でした。

スタッフの言っていることが、

分かる。

その気持ちも、

理解できる。

それでも、

経営者として、

違う判断をすることがあります。

逆も、

同じです。

経営者の事情を、

スタッフが理解したとしても、

その判断に、

納得するとは限りません。

私は、

それでいいのだと、

思うようになりました。

もちろん、

説明することを、

やめたわけではありません。

話すことも、

やめません。

スタッフの話を、

聞くことも、

やめません。

むしろ、

違う景色を見ているからこそ、

話す必要があります。

ただ、

「分かってもらうこと」を、ゴールにするのをやめました。

こちらが、

伝える。

相手の話も、

聞く。

それでも、

同じ答えにならないことがある。

そこまで含めて、

人と一緒に働くことなのだと思います。

私は昔、

経営者は孤独だと、

感じることがありました。

誰にも、

分かってもらえない。

自分だけが、

いろいろなものを、

背負っている。

そんなふうに、

考えたこともあります。

でも、

今は、

少し違います。

経営者が、

特別に孤独なのではなく、

立つ場所が違えば、誰にでも見えない景色がある。

スタッフには、

スタッフの景色がある。

店長には、

店長の景色がある。

経営者には、

経営者の景色がある。

家族にも、

友人にも、

それぞれの景色があります。

完全に、

同じ景色を見ることは、

できないのかもしれません。

だからこそ、

自分の景色だけを、

正しいと思わない。

相手には、

自分には見えていないものが、

あるかもしれない。

そう考えることの方が、

大切なのだと思います。

私は、

経営者の孤独を、

説明することをやめました。

「経営者にしか、

この苦しさは分からない。」

そう言ってしまえば、

そこで、

話は終わります。

分かり合えないことを、

嘆くより、

違う景色を見ていることを、

認める。

そのうえで、

伝える。

聞く。

そして、

最後は、

自分の立場で、

決断する。

それが、

経営者という仕事なのだと、

私は思っています。

分かり合えないことは、関係が悪いということではない。

同じ景色を見られなくても、一緒に歩くことはできる。

私は、

そう思えるようになってから、

経営者としての孤独を、

以前ほど、

説明したいとは、

思わなくなりました。



🐾アオ日記

主人とアオも、

同じ部屋にいるにゃ。

でも、

見えている景色は違うにゃ。

主人には、

「朝4時」。

アオには、

「朝ごはんの時間」。

どちらも、

間違ってないにゃ🤣🐾

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