私は、「分かりました」をそのまま信じなくなった。 ― 理解したように見えたときが、次のスタートだった。―

私は、「分かりました」をそのまま信じなくなった。 ― 理解したように見えたときが、次のスタートだった。―

記事
ビジネス・マーケティング
スタッフに、

仕事を教えていると、

こんな言葉を、

よく聞きます。

「分かりました。」

私も、

何度も聞いてきました。

そして、

昔の私は、

その言葉を聞くと、

安心していました。

伝わった。

理解してくれた。

これで、

できるようになる。

でも、

人を教えることを続けているうちに、

私は、

「分かりました。」

という言葉を、

そのまま信じなくなりました。

疑っている、

という意味ではありません。

本人は、

本当に、

分かったと思っている。

でも、

「分かった」には、いくつもの段階がある。

そう思うようになったからです。

話を聞いて、

言っている意味が、

分かった。

説明を聞いて、

頭では、

理解できた。

自分でも、

できそうだと思った。

実際にやってみて、

できた。

失敗して、

なぜ失敗したのかまで、

分かった。

同じ、

「分かりました。」

でも、

そこには、

大きな違いがあります。

例えば、

新人スタッフに、

仕事の手順を教える。

「これは、

こうしてね。」

「はい、

分かりました。」

そのとき、

本人は、

本当に分かったのだと思います。

でも、

翌日、

一人でやってみると、

できないことがあります。

私は、

そんな場面を、

何度も見てきました。

だからといって、

前日に、

嘘をついていたわけではありません。

昨日は、

昨日の段階で、

分かっていた。

でも、

実際にやってみたことで、

初めて、

分かっていなかった部分に、

気づいた。

私は、

それも、

成長だと思います。

むしろ、

人は、

そうやって、

理解を深めていくのかもしれません。

知る。

分かる。

やってみる。

失敗する。

考える。

もう一度、分かる。

同じことを、

ぐるぐる、

繰り返しているように見えます。

でも、

最初の「分かった」と、

最後の「分かった」は、

同じではありません。

私は、

自分自身にも、

同じことがありました。

製麺をしていた頃、

一年中、

同じ麺を作るために、

レシピを、

季節によって変えていました。

夏と冬では、

気温も、

湿度も違います。

同じ配合で作れば、

同じ麺になるわけではありません。

同じものを作りたいから、やり方を変える。

私は、

それを、

仕事として、

ずっとやっていました。

知っていました。

理解していたつもりでした。

でも、

その考え方が、

人材育成にも当てはまると気づくまでには、

長い時間が、

かかりました。

人も、

同じでした。

同じことを伝えても、

同じようには、

伝わりません。

経験。

年齢。

性格。

立場。

そのときの状況。

全部が、

違います。

だから、

同じ人に、

同じことを伝えても、

一年前と、

今では、

受け取り方が変わることがあります。

昔、

私が伝えた言葉を、

数年後になって、

「あのとき、

社長が言っていたこと、

今なら分かります。」

と言われたこともあります。

私は、

そのたびに思いました。

あのときも、

本人は、

「分かりました。」

と言っていた。

でも、

あのときの「分かった」と、

今の「分かった」は、

違う。

言葉が、

変わったわけではありません。

その人の中に、

経験が増えた。

失敗した。

悩んだ。

後輩を持った。

自分が、

教える側になった。

その経験が、

昔聞いた言葉の意味を、

変えたのだと思います。

だから私は、

「分かりました。」

を聞いても、

そこで、

終わりだとは、

思わなくなりました。

伝わっていないと、

決めつけることもしません。

今は、

今の段階で、

分かっている。

それで、

いい。

そして、

次の経験をしたとき、

もう一度、

同じことを伝えればいい。

私は、

そう考えるようになりました。

人を教えていると、

どうしても、

「前にも言ったよね。」

と言いたくなることがあります。

私も、

そう思ったことがあります。

でも、

前に聞いたときには、

まだ、

その言葉を理解するための経験が、

足りなかったのかもしれません。

聞いたことと、

できることは、

違います。

できることと、

人に教えられることも、

違います。

そして、

人に教えるようになって、

初めて分かることもあります。

私は、

人材育成について、

考え続ける中で、

理解というものを、

一度で完成するものだとは、

思わなくなりました。

理解そのものが、成長していく。

そう考えています。

だから、

「分かりました。」

は、

ゴールではありません。

その人が、

今、

どこまで分かったのか。

次に、

何を経験するのか。

その経験によって、

同じ言葉が、

どう変わっていくのか。

そこからが、

次のスタートです。

これは、

仕事だけの話ではないと思います。

昔、

親から言われたこと。

先生から、

言われたこと。

上司から、

言われたこと。

そのときは、

分かったつもりだった。

あるいは、

全く分からなかった。

でも、

何年も経ってから、

突然、

「ああ、

こういうことだったのか。」

と思うことがあります。

言葉は、

同じです。

変わったのは、

自分です。

だから私は、

誰かに何かを伝えて、

「分かりました。」

と言われても、

それで終わりだとは、

思いません。

そして、

自分が、

「分かった。」

と思ったときにも、

それが、

最後の答えだとは、

思わないようになりました。

今日の、

「分かった」は、

今日の自分が出した答えです。

経験が増えれば、

明日は、

違う理解になるかもしれません。

「分かった」と思ったときから、

次の理解が始まる。

私は、

人を教えながら、

そんなことを、

教えられたのだと思います。


🐾アオ日記

主人が、

「アオ、分かった?」

と言うにゃ。

アオは、

ちゃんと分かってるにゃ。

テーブルに乗ると、

怒られる。

噛むと、

怒られる。

朝4時に起こすと、

主人が起きる。

……。

最後のだけは、

完璧に理解したにゃ🤣🐾

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