私は、すぐに答えを教えることをやめた。 ― 「じゃあ、どうすればいいんですか?」と聞かれても。―

私は、すぐに答えを教えることをやめた。 ― 「じゃあ、どうすればいいんですか?」と聞かれても。―

記事
ビジネス・マーケティング
私は、

スタッフに、

自分で考えられる人に、

なってほしいと思っていました。

飲食店では、

その場で、

判断しなければならないことがあります。

いつでも、

店長がいるとは限りません。

いつでも、

社長に聞けるとも限りません。

だから、

自分で考える力は、

必要だと思っていました。

でも、

スタッフと話していると、

こんなことを、

聞かれることがあります。

「じゃあ、

どうすればいいんですか?」

私は、

すぐに答えることもありました。

入ったばかりのスタッフなら、

それでいいと思います。

まだ、

何も分からない。

経験もない。

そんな人に、

「自分で考えて。」

と言っても、

考えるための材料がありません。

最初は、

教える。

やって見せる。

一緒にやる。

それで、

いいと思います。

でも、

経験を積んだスタッフから、

同じ質問をされたとき、

私の答えは、

変わりました。

「それも含めて、

考えてみたら?」

少し、

冷たく聞こえるかもしれません。

でも、

突き放したかったわけではありません。

むしろ、

逆です。

その人なら、もう考えられる。

そう思ったからです。

私は、

同じ質問でも、

質問した人によって、

答えを変えていました。

初めて、

その問題にぶつかった人。

何度か、

似た経験をしている人。

すでに、

後輩を教える立場の人。

同じ答えを、

渡す必要はありません。

なぜなら、

同じ質問をしていても、

同じ場所には、

立っていないからです。

例えば、

入ったばかりのスタッフが、

初めて失敗した。

私は、

励まします。

「最初なんだから、

仕方ないよ。」

不慣れなだけなら、

時間と経験が、

解決してくれることがあります。

そこで、

「前に教えたでしょ。」

と責めれば、

必要以上に、

自信を失わせるかもしれません。

でも、

二年以上働き、

いろいろな経験をしてきたスタッフが、

同じところで、

立ち止まっている。

その人にも、

同じように、

「気にしすぎだよ。」

だけで終わらせれば、

逆に、

本人を見ていないことになります。

何かに、

挫折しているのかもしれません。

次の段階へ進むために、

悩んでいるのかもしれません。

そんな人には、

簡単な答えを渡すより、

一緒に、

考えた方がいい。

私は、

そう考えていました。

そして、

もう一つ、

大切にしていたことがあります。

本人に、

聞くことです。

「俺に、どうしてほしい?」

答えを、

教えてほしいのか。

話を、

聞いてほしいのか。

背中を、

押してほしいのか。

それとも、

自分でやってみたいのか。

同じ人でも、

そのときによって、

必要なものは違います。

私は、

人材育成について、

考えれば考えるほど、

「教える」という言葉に、

違和感を持つようになりました。

仕事の手順なら、

教えられます。

包丁の使い方。

仕込みの方法。

接客の手順。

製麺の方法。

そこには、

ある程度、

答えがあります。

でも、

考え方や、

判断には、

いつも一つの答えが、

あるわけではありません。

お客様に、

今、

何をするべきなのか。

後輩に、

どう接するべきなのか。

店長として、

何を優先するのか。

その場面。

相手。

状況。

全部が、

違います。

だから、

私の答えを、

覚えるだけでは、

足りません。

私がいないときにも、

自分で考えて、

判断できなければ、

意味がないからです。

私は、

スタッフに、

答えを教えたくなかったわけではありません。

考えるところまで、私が奪いたくなかった。

今振り返ると、

そういうことだったのだと思います。

答えを、

教えれば、

その場の問題は、

早く終わります。

私が、

「こうすればいい。」

と言えば、

本人は、

その通りに動けます。

経営者としても、

その方が、

楽だったかもしれません。

でも、

次に、

少し違う問題が起きたら、

また、

聞かなければなりません。

「社長、

どうすればいいですか?」

それでは、

私の答えを、

待つ人を、

増やしているだけです。

私は、

それを、

人を育てることだとは、

思えませんでした。

もちろん、

私のやり方が、

いつも正しかったとは思いません。

「社長は、

何も教えてくれない。」

そう感じた人も、

いたかもしれません。

私が、

考えてほしいと思っていても、

相手には、

「突き放された。」

と伝わることもあります。

だから、

誰にでも、

「自分で考えて。」

と言えばいいわけではありません。

教えるべきときには、

教える。

一緒に考えるときには、

一緒に考える。

そして、

自分で考えられる人には、

あえて、

答えを渡さない。

同じ人でも、成長すれば、こちらの接し方も変える。

私は、

それが、

人を見ることだと思っていました。

すぐに答えを渡すことは、

優しさに見えることがあります。

でも、

人からもらった答えは、

その問題を、

解決してくれるだけかもしれません。

自分で考えて出した答えは、

次の問題にも、

使える力になることがあります。

「じゃあ、

どうすればいいんですか?」

そう聞きたくなることは、

誰にでもあります。

そんなとき、

すぐ誰かに答えを求める前に、

一度だけ、

自分に聞いてみてもいいと思います。

「自分は、どうしたいんだろう?」

その答えが、

正しいかどうかは、

後から分かればいい。

考えたこと。

選んだこと。

そして、

その結果を、

経験したこと。

その積み重ねが、

いつか、

誰かに答えを聞かなくても、

自分で判断できる力に、

変わっていくのだと思います。



🐾アオ日記

主人は、

すぐに答えを教えないらしいにゃ。

アオが、

「どうすれば、ご飯が増えるにゃ?」

と聞いたら、

「自分で考えて。」

と言われそうにゃ。

もう、

考えたにゃ。

大きな声で鳴く。

足に絡む。

ご飯の皿の前で待つ。

アオは、

自分で考えられる子にゃ🤣🐾


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