私は、分かり合うことを求めなくなった。 ― 分かり合えなくても、一緒に働くことはできる。―

私は、分かり合うことを求めなくなった。 ― 分かり合えなくても、一緒に働くことはできる。―

記事
ビジネス・マーケティング
私は、

長い間、

スタッフに、

自分の考えを、

分かってほしいと思っていました。

なぜ、

この仕事をするのか。

なぜ、

この判断をするのか。

なぜ、

お客様を大切にするのか。

会社が、

どこへ向かおうとしているのか。

私は、

できるだけ、

自分の考えを伝えてきました。

でも、

どれだけ話しても、

「どうして、

そう考えるんだろう。」

と思うことがありました。

そして、

相手から見れば、

きっと、

同じだったのだと思います。

「どうして、

社長は、

そう考えるんだろう。」

同じ会社で、

同じ店で、

一緒に働いていても、

見えているものは、

同じではありません。

私は、

そのことを、

理解するまでに、

ずいぶん時間がかかりました。

経営者と、

スタッフでは、

立っている場所が違います。

スタッフにとって、

会社は、

人生の一部分です。

仕事が終われば、

自分の生活があります。

家族。

友人。

趣味。

恋愛。

それぞれの人生があります。

一方、

経営者は、

同じ会社を、

違う場所から見ています。

売上。

給与。

家賃。

借入。

設備。

取引先。

お客様。

そして、

そこで働く人たちの生活。

同じ一日を、

同じ店で過ごしていても、

考えていることも、

背負っているものも、

同じではありません。

私は以前、

「仕事と私、

どっちが大事?」

という質問を聞くと、

少し不思議に感じていました。

私なら、

こう思います。

「それ、

同じ土台に乗せるものなの?」

仕事と、

大切な人。

どちらも、

大切にできます。

でも、

大切にする意味が違います。

経営者と、

スタッフも、

少し似ていると思います。

同じ会社を、

大切にしていたとしても、

大切にする理由まで、

同じである必要はありません。

経営者には、

経営者の理由があります。

スタッフには、

スタッフの理由があります。

それなのに私は、

どこかで、

同じ会社にいるなら、

同じように考えてほしいと、

思っていたのかもしれません。

でも、

それは、

難しいことでした。

同じ出来事を見ても、

立っている場所が違えば、

見え方は変わります。

経営者にとって、

会社の将来に関わる、

大きな問題でも、

スタッフにとっては、

今日の仕事が終わった後の予定の方が、

大切なこともあります。

反対に、

スタッフにとって、

とても大きな問題が、

経営者には、

見えていないこともあります。

どちらが、

正しいという話ではありません。

そもそも、見ている場所が違う。

私は、

そう考えるようになりました。

それまでは、

相手の考えていることが、

理解できないと、

なぜなのかを、

ずっと考えていました。

もっと話せば、

分かるのではないか。

もっと向き合えば、

分かり合えるのではないか。

でも、

すべてを、

分かり合う必要はなかったのだと思います。

私は、

スタッフの人生を、

すべて理解することはできません。

スタッフも、

私が経営者として、

考えていたことのすべてを、

理解することはできません。

それで、

いいのだと思います。

私は、

完全に分かり合うことを、

求めなくなりました。

すると、

少し楽になりました。

相手が、

自分とは違う答えを出しても、

以前ほど、

「なぜ?」

と思わなくなりました。

その人には、

その人の考えがある。

その人には、

その人の人生がある。

そう思えるようになりました。

だからといって、

話し合うことを、

やめたわけではありません。

自分の考えを、

伝えることも、

やめませんでした。

相手の話を、

聞くことも、

必要です。

でも、

話し合った先に、

必ず同じ答えがあるとは、

思わなくなりました。

考え方が違ってもいい。

価値観が違ってもいい。

会社に求めているものが、

違ってもいい。

それでも、

同じ場所で、

一緒に働くことはできます。

仕事をするために、

すべての価値観を、

同じにする必要はありません。

必要なのは、

お互いが、

完全に分かり合うことではなく、

違うということを、

知っておくことなのかもしれません。

そして、

違っていても、

相手を大切にすることはできます。

私は、

長い間、

分かり合うことと、

良い関係でいることを、

どこかで、

同じように考えていました。

でも、

今は違います。

分かり合うことと、

大切にすることは、

同じではありません。

全部を理解できなくても、

一緒に働くことはできます。

考え方が違っても、

信頼することはできます。

そして、

別々の道へ進んだ後も、

関係が残ることがあります。

人と人は、

完全には、

分かり合えないのかもしれません。

でも、

それは、

悲しいことではありません。

違う人間なのだから、

違っていて当然です。

私は、

分かり合うことを、

求めなくなりました。

その代わり、

分かり合えない部分があっても、

相手を大切にできる人でいたい。

今は、

そう思っています。


🐾アオ日記

主人は、

人とは完全に、

分かり合えないと言うにゃ。

アオも、

主人の考えていることは、

よく分からないにゃ。

主人も、

アオの考えていることは、

たぶん分からないにゃ。

でも、

一緒に暮らしているにゃ。

それで十分にゃ🐾

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