第3話 「その笑顔で、全部持っていかれた」
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占い
放課後。
教室はほとんど人がいなくなっていた。
夕焼けが差し込んで、
机と床に長い影ができている。
(忘れ物…あったよな)
そんな理由で戻ってきたけど、
本当は少しだけ分かっていた。
澪が、まだいるかもしれないって。
ドアを開ける。
静かな教室。
…いる。
窓際。
昨日と同じ場所。
でも。
今日は、違った。
「それ、違うって(笑)」
澪が笑っていた。
友達と話しながら、
少しだけ体を傾けて、自然に笑っている。
その瞬間。
時間が止まった。
(……は?)
あの無愛想な感じはどこにいったんだ。
柔らかい。
自然で。
めちゃくちゃ、可愛い。
(こんな顔するんだ…)
胸の奥が、
ドクンと強く鳴る。
目が離せない。
ずっと見ていたくなる。
そんな感覚、初めてだった。
気づいたら、
立ったまま固まっていた。
「……あ」
澪が、こっちに気づいた。
一瞬だけ目が合う。
笑顔が、少し止まる。
でもすぐに、
いつもの表情に戻った。
「なに?」
いつもの声。
いつもの距離感。
でも。
(違う)
さっきの笑顔を見たあとだと、
全部違って見える。
「…いや、忘れ物」
自分でも分かるくらい、声がぎこちない。
机に向かう。
でも、全然集中できない。
(やばい)
頭の中、さっきの笑顔でいっぱいだ。
「…それ、どこ?」
また声がする。
振り向くと、澪が近くにいた。
距離、近い。
さっきより近い。
(ちょっと待て)
心臓が一気に速くなる。
「…え、あ、これ」
指差す。
澪がそれを覗き込む。
髪が少し揺れる。
近い。
(無理だろこれ)
「ふーん」
それだけ言って、
少しだけ笑った。
その笑顔が。
さっきより、近い距離で見えた。
(終わった)
完全に理解した。
もう無理だ。
「…なに?」
澪が少しだけ不思議そうに聞いてくる。
「いや…なんでもない」
目を逸らす。
これ以上見たら、
バレる気がした。
「変なの」
小さく笑う。
その声で、
また胸が揺れる。
(やめてくれ)
なんでそんなに自然なんだよ。
なんでそんなに、
(…可愛いんだよ)
もう、完全に自覚した。
ただ気になるだけじゃない。
これは、
(好きだろ)
認めたくなかった。
でも、否定できない。
たった一つの笑顔で。
全部、持っていかれた。
帰り道。
夕焼けが少しずつ暗くなっていく。
頭の中は、
澪でいっぱいだった。
(やばいな…)
始まってしまった。
完全に。
止められないやつ。
続く。