「何でもない時間のすぐ隣で」

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複合施設のスーパーで買い物をしたあと、エレベーターの前で少し時間をつぶしていた。

すると、すぐ後ろのエレベーターが開いた。
その瞬間、聞き慣れた音が耳に入る。
モニターの波形を表す、あの電子音だった。

数名の人に囲まれたストレッチャーが出てくる。

「出口どこ?」
「あっち?」
「いいよ、続けて」
「はい、行くよ」

静かで、穏やかな声だった。
けれど、そのひとりは心臓マッサージを続けている。

いつのまにか医療者として見ていた自分が、静かに見ていた。

ストレッチャーの上で、心臓マッサージのリズムと一緒に動く身体。
反応のない表情。
その上で飛び交う、穏やかで冷静な会話。
確かな処置が、淡々と進んでいく。

何があったのかはわからない。
この先どうなるのかもわからない。
けれどそこには、ひとつの命に向き合う人たちの姿があった。

その後ろから、家族なのか数名の大人が降りてきた。
不安そうな表情で、ただ後を追っていく。

穏やかな声。
不安を隠せない表情。
同じ場にいながら、そこに流れている時間はきっと違う。

でも、私にとっては、これは日常の延長にある一場面だった。
命の切迫も、処置の確かさも、不安を抱えた家族の表情も、どれも医療の現場では確かにあるもの。

何でもない時間のすぐ隣で、そういう時間が動いている。
それを見ながら、これもまた日常の一コマなのだと思った。
だけど誰かにとっては、それは非日常の光景なのかもしれない。
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