「こうしてると幸せな気持ちになる。昨日はできなかったから。」
そんな言葉をかけられながら、
朝のアラームが鳴ったあとのベッドで、私は抱きしめられる。
「あー、落ち着く」
そう言いながら、きつく抱きしめて、おでこにキスをする。
それが、私の夫のルーティン。
一方で、私の中には、まったく違う感覚が流れている。
「またアレあるのかな。アラーム鳴ったから、すぐ起きたいな。
お弁当作らなきゃ。毎日、正直ちょっと面倒だな。」
それは、伝わらない方がいい感情。
毎朝、同じようなルーティンが繰り返される。
聞かなきゃいいのに、「嬉しい?」と聞かれる。
同じ感覚だと思っての問いなのか。
それとも、そうあってほしいと願う問いなのか。
私は、言葉に嘘は乗せたくない。
言葉にしない思いは、自分の中の引き出しにしまっておける。
聞かれると、答えるしかなくなる。
彼にとって、沈黙は答えにはならないから。
「あなたにとって必要な時間だと思うから、少しの時間ならいいよ。
でも…いつも嬉しいわけではないかな。」
きっと言わなくていい言葉。
きっと、聞きたくなかった言葉。
それは、わかっていた。
「……そっか、嬉しくないんだね」
落胆の感情を乗せた言葉が、返ってくる。
聞かれなければ、言わなかった言葉。
表に出してみたら、私は少しスッキリする。
でも、夫はきっと、逆にモヤモヤするのだと思う。
お互いの気持ちが、同じ方向を向いて進んでいるとき。
そのときは、いろんな感情を共有することが、自然なのかもしれない。
でも、そうでないとき。
それは途端に難しくなる。
特に「同じ一歩を踏み出している」と思い込んでいた場合。
そのズレは「わかってもらえない」という感情として処理されるのかもしれない。
…わかっていないのか。
それとも、受け取る気がないのか。
その違いは、とても大きい。
隠すことは、嘘ではない。
それは、日常を崩さないための優しさを秘めた距離感。
上手に隠して優しさで覆う。
それが必要な時もある。
逆に、隠さないと決めることもある。
どちらにしても、それは自分の言葉として相手に渡すということ。