「頑張って」の重み

「頑張って」の重み

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「頑張って」
よく使う言葉だし、私自身も子どもに向かって口にする。
でも最近、この言葉がずっと引っかかっている。

すでに頑張っている人に、
さらに「頑張って」と言うとき、
私はいったい何を望んでいるのだろう、と。

その先に、具体的な方向はあるのか。
それとも、ただの習慣的な励ましなのか。

頑張る、という言葉は不思議だ。

言われて嬉しいときもある。
背中を押されたように感じるときもある。

一方で、
疎ましく感じるとき、
白々しく聞こえるとき、
何も見てもらえていない気分になるときもある。

同じ言葉なのに、
受け取る側の状況や、
相手との関係性によって、
まったく違う意味を持つ。

聞き慣れた言葉だからこそ、
そこにのしかかる思いは、案外重い。

だから私は、
簡単に「頑張って」と言わない自分がいる。

人からの言葉も、
素直に受け取れないときもある。

でも最近、少し変化があった。

言葉の「意味」をいちいち考えず、
ただの「響き」として受け取れる瞬間が増えてきた。

感情が動かなくなったのか、
深読みをやめたのか。

たぶんそのどちらでもあって、
どちらでもない。

「受け取るか、受け取らないか」
そのスイッチを、
自分で選べるようになってきた気がする。

認めてもらいたいときに、
「頑張ってるね」と言われると、やっぱり嬉しい。

でも、
「もっと頑張れ」と言われると、
何も見てもらえていないような感覚が出てくる。

もしかすると相手は、
あなた認めたうえでの期待を込めているのかもしれない。

それでも、
その言葉がどう響いたかは、
私の中の事実として残る。

会話は、
たくさんの言葉や意図が「削除」された状態で成り立っている。
相手がどう思って発した言葉なのか、
想像することも大切だと思う。
でも、想像しすぎて、
意図しない方向へ苦しくなることもある。

スムーズに流れているなら、それでいい。
けれど、

「私は、どう見えているのかな」

そんな違和感が積み重なると、
気づかないうちに、心は消耗していく。

今の私は、
「それって、どういう意味?」と聞ける気がしている。

世の中的には、
少し面倒くさい人かもしれない(笑)。

でも、
言葉を雑に受け取らないことは、
自分を大切に扱うことでもある。


「頑張って」という一言の裏にある重みを、
ちゃんと感じ取れる自分でいたいと思う。


だからこそ、言葉は簡単じゃないし、
だからこそ、丁寧に扱いたいと思っている。
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