【山本達也:千葉県/市川市】ノートの端っこが人生を変える瞬間を見逃すな

記事
ビジネス・マーケティング
ふとしたときに無意識で書いてしまう落書きや、会議中に気を紛らわせるように線を引いたノートの端っこ。あれってただの暇つぶしだと思っていたけれど、最近、そこにすごいヒントが隠れていることに気がついた。例えば、ぐるぐると丸を重ねて描いた模様。よく見たら、頭の中で考えていたアイデアの構造と同じだったりする。無意識に手が勝手に動くとき、人間は本心や直感をノートの紙の上に投影しているのかもしれない。

試しに、自分が普段よく描いている「謎の模様」をひたすら眺めてみたら、それが新しいデザインのインスピレーションにつながったことがあった。線と線の交わりに「もしここを建物の廊下だとしたら?」とか「これをアプリの画面遷移に置き換えたら?」なんて、全く別の世界の発想がつながっていく。普段は気づかないけれど、手の落書きは脳の裏側で眠っている創造性の痕跡なのだと思う。

昔から「人は無意識のときに本音が出る」と言うけれど、まさにそれが形になったのがノートの端っこなんじゃないだろうか。しかも、他人から見ればただの落書きでも、自分にとっては唯一無二の暗号。だからこそ、誰かに見せる必要はなくて、むしろ自分だけの宝箱みたいに大切にしていいのだと思う。

ある日、そのことを友人に話したら「じゃあわざと落書きをしてみたらどう?」と言われて実験してみた。結果は予想外だった。無意識に出てくるものと違って、意識的に描こうとするとどうしてもぎこちなくなって、面白さが消えてしまう。つまり、落書きは「狙わずに出てくるからこそ意味がある」んだと実感した。

そして気づいたことは、ノートの端に積み重なった落書きは、その人の「日常の地層」だということ。去年の自分と今の自分を比べると、同じように描いているつもりでも形が微妙に変わっていたりする。それは気分の違いなのか、成長なのか、あるいは新しい環境の影響なのかもしれない。まるで無意識の日記帳みたいに、自分の変化を物語ってくれている。

こんなふうに考えると、使い終わったノートをただ処分してしまうのは少しもったいない気がしてくる。そこには勉強や仕事のメモだけでなく、自分自身が無意識に吐き出した小さなアイデアの欠片が眠っているのだから。捨てる前に一度だけ眺めてみると、忘れていた感覚や思いが蘇ることだってある。

ノートの端っこは単なる余白じゃなくて、自分と未来をつなぐ秘密のアーカイブ。そこから思いもよらない発想が芽吹くことを考えると、何気ない一筆にももっと価値を感じられる。だから今日も新しいページを開いたら、意識せずに線を引いてみる。それがどんな意味を持つのかは、きっと後になってからわかるはずだ。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら