「人付き合いって疲れるな」
「できれば一人でいたいな」
そんなふうに感じたことはありませんか?
実はわたしも、人と関わることがあまり得意ではありませんでした。
今は「人を支える仕事をしたい」と強く思っているわたしですが、
以前のわたしは新しい場所に行っても自分から話しかけることはほとんどなく、
「できれば人と関わりたくないな」と思っているほどでした。
<人との間に壁を作っていた頃>
当時は、
「人と関わると疲れる」
「面倒くさい」
「また嫌な思いをするかも」
そんなふうに考えていました。
今振り返ると、周りに対して少し敵対的な雰囲気を出していたようにも思います。
それでもわたしの壁を越えてきてくれる人には、めちゃくちゃ心を開き、自分に“良いこと”をしてくれる人には何倍ものお返しをする気持ちで接していましたが、
その一方で、それ以外の人との間にははっきりと線を引いていたように思います。
まさに「深く、狭い」人間関係。そしてその周りに大きな壁を建てている。
そんなイメージだったと思います。
<傷つくことを恐れていたわたし>
そんなわたしが心理学を学ぶ中で気づいたことがあります。
それは、
「人との関わりが苦手だったのではなく、傷つくことを恐れていたのかもしれない」
ということです。
わたしは人に嫌われたくなくて、自分を良く見せようとしていました。
本当の自分ではなく、「こう振る舞った方が好かれるだろう」という理想の自分を演じながら人と関わっていたのです。
以前の記事で書いた「自己一致」ができていない状態ですね。
だから、人といるだけで疲れてしまっていたのだと思います。
<考え方を変えた「課題の分離」>
そんなわたしの考え方を大きく変えたのが、アドラー心理学の「課題の分離」でした。
課題の分離とは、自分の課題と相手の課題を分けて考えることです。
例えば、
「相手に誠実に接する」
これは自分の課題です。
でも、
「その結果、相手が自分を好きになるかどうか」
これは相手の課題です。
わたしにできるのは、自分ができる範囲で相手を大切にすることまで。
その先の評価や感情は、相手が決めることです。
そう考えるようになってから、
「嫌われないようにすること」
ではなく、
「自分が思う心地よい関わりをすること」
に意識を向けられるようになりました。
<「合う・合わない」という視点>
そしてもう一つ、大きな影響を受けたのが「ゲシュタルトの祈り」です。
『私は私のために生きる。
あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待に応えるために生きているのではない。
あなたも私の期待に応えるために生きているのではない。
私は私。
あなたはあなた。
それでも
偶然私たちが分かり合えるのなら
それは素敵なこと。
たとえ分かり合えなくても
それもまた同じように
素敵なこと。』
わたしはこの言葉に触れたとき、
「嫌われること=自分に価値がないこと」
ではなく、
「合う人もいれば、合わない人もいる」
ただそれだけなのだと感じました。
わたしの「人と関わりたくない」の理由は、相手ではなく自分自身の問題だったのだと気づきました。
どんなに人気のある人でも、全員に好かれることはありません。
だからこそ、全員に好かれようと頑張る必要もないのだと思います。
わたしは無意識の内に「全員に好かれないとだめ。好かれないくらいなら関わらない方がいい。」と思っていたのかもしれません。
<人との関わりを楽にするために>
もし今、
「人付き合いが疲れる」
「人と関わるのが面倒くさい」
と感じている方がいたら、
課題の分離やゲシュタルトの祈りという考え方に触れてみるのも一つかもしれません。
無理に人と関わる必要はないけれど、自分を守るために張っている心の壁に気づくことで、“人付き合い”が少し楽になることもあります。
「世の中にはいろいろな人がいる。
みんなそれぞれ自分の価値観を大切にしながら
懸命に生きている。」
そう考えるようになってから、「人」を好きになってきています。
今では、人と関わることへのストレスはかなり減り、むしろ「人と関わるのが楽しい」とさえ思っている自分がいて、そんな自分に驚きつつも、とても心地よく感じています。
「人は全然“敵”じゃなかった。」
そう思える今だからこそ、自分も相手も尊重しながら、人とのご縁を大切にしていきたいと思っています。
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