“いいも悪いもない”って言うけど、あの頃の私にはたしかに“悪い”があった

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コラム
「この世界には、いいも悪いもないんだよ。」

…そんな言葉を初めて聞いたとき、
私はうまくのみこめなかった。

むしろ、心の中で反発していた。

「いや、あるでしょ。


たとえば、

・理不尽に傷つけられたあの日

・大切なことをないがしろにされた瞬間

・がんばっていたのに、平気で否定されたとき


あれが“悪いこと”じゃなかったら、
私はいったい何に傷ついていたんだろう?


だからこそ、
「いいも悪いもない」という言葉に出会ったとき、
なんだか自分の感情や体験ごと否定されたような気がした


でも、あるときふと気づいた。


私は、“いいも悪いもない”という言葉の本質を、まだ知らなかっただけだった。


“知らなかった”というのは、
頭で理解していなかったというよりも、
体験として、それを感じたことがなかったという意味。


本質を知らないままでその言葉に触れると、
「それでも、私は“あれは悪かった”と思っているのに」
という想いがずっと残ってしまう。


でもそれは、間違いでも未熟でもなくて、あのときの私にとっての“リアル”だった。


そのリアルを大切にしたまま、
少しずつ「じゃあ、あの言葉の奥にあるものってなんだったんだろう?」
と向き合うようになった。


そして、やっと少しずつ見えてきた。
“いいも悪いもない”という言葉の、
冷たさではなく、やさしさの方に触れられるようになった。


🌱 少しずつ気づいていったこと

■ 起きた出来事は変えられないけど、それをどう意味づけるかは自分で選べる ✨
「ひどかった」と決めるのも、
「そこから何かを得られるかもしれない」と考えるのも、
どちらも自分が選んでいい。

■ つらい経験が、あとで人生を変える種になることがある 🌿
そのときは本当に苦しくて、
涙しか出なかったような経験が、
あとになって「自分を育ててくれた時間だった」と感じることがある。

■ しんどい経験のあとにしか見えない景色がある ⛰️
そのときは何も見えなくても、
あとからしか見えない“風景”がたしかにある。
それは、涙のあとにしか開けない空かもしれない。

■ 何が正解かより、そこから何を学ぶかのほうが大事 ✍️
「これは正しかったのか、間違っていたのか」
…それよりも、「私はそこから何を受け取ったのか」の方が、
本当の道しるべになる。

■ 悲しみも怒りも、感じたぶんだけ“本当の自分”に近づける 💧
本当は感じていたのに、
「こんなふうに思っちゃいけない」って抑えていた感情。


ちゃんと感じきれたとき、
その奥に、自分の静かな本音があった。


【あとがき】🌿

「いいも悪いもない」なんて、
その言葉だけを聞いたら、たしかに雑で冷たく感じる。


でも、
「自分の中に“悪かった”と感じたことがたしかにあった」
ということを、否定せずにそのまま抱きしめたうえで、
もう一度あの言葉と向き合ってみたら、
少しだけ、その奥にあるやさしさが見えてきた。


きっと、「いいも悪いもない」という言葉は、
“悪い”と思っていた出来事の見え方が変わったときに、
初めてわかるものなのかもしれない。


今、まだ「悪い」と感じていることがあるなら、
そのままでいい。


その感覚を、ちゃんと感じきった先に、
いつか自然と見え方が変わる日がくるかもしれない。


そのときこそ、あの言葉のほんとうの意味が、
自分の言葉としてわかると…私はそう思います。
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