消えてしまうからこそ、心に残る努力がある

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お客様、おはようございます。
今朝の「純喫茶こころ」の窓から見える景色は一面の雪景色。
屋根や木々の枝に降り積もった雪が
朝の光をやわらかく反射しています。
レースのカーテン越しに眺めるその白さは
静けさの中にもどこか凛とした美しさがあります。

テーブルにコーヒーを置きながら
ふと子どもの頃のことを思い出しました。
庭先で一生懸命に雪を運んで
山のように積もうとしたのに
気づくと溶けて小さくなくなっている。

「せっかく頑張ったのに無駄だったなあ―」

今となって振り返ってみると
その不思議な消え方や
ひとつひとつ形の違う雪の結晶に心を奪われたこと。
あの時の夢中でいる時間こそが
大切だったように感じるのです。

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そんな記憶とともに
今日は「
担雪填井(たんせつてんせい)」という禅語を味わってみたくなりました。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

「担雪填井」とは、
雪を担いで井戸を埋めようとすること。
けれど、
雪は溶けてなくなり井戸を埋めることはできません。
そこから「無駄な努力」という意味が生まれました。

たしかに、
私たちの毎日にも
「こんなことして意味があるのかな」と思える瞬間は少なくありません。

家事をしてもまた散らかるし…
仕事でも成果がすぐに見えないことがある。

人間関係だって
声をかけ続けても反応が返ってこないときもある…

でも、
雪のひとひらに目を凝らすと
一つとして同じ形はありません。
落ちては溶けて消える姿の中にも
繊細で美しい瞬間が確かにあるのです。
その一瞬を美しいと感じる心がある限り
その時間は決して無駄ではないはず。

「担雪填井」が教えてくれるのは
結果に残らない努力にも確かな意味があるということです。
たとえば毎日続ける読書のひとときや静かに誰かを想う気持ち。
形には残らなくても
自分の心を少しずつ豊かにしてくれるのです。

雪は溶けて消えてしまうけれど
その儚さを通して私たちの心は動きます。
無駄に見えることも、
実は人生に深い彩りを与えてくれる大切な一片。

今日の禅語は 「担雪填井」
結果に結びつかなくても
意味がすぐには見えなくても
その「見えなくなる努力」が
きっとあなたの中で静かに息づいています。

どうぞ今日も、あたたかな一日をお過ごしください。
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