梅花のスプリングコール ―春を呼ぶ少女たちの物語2

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音声・音楽

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青春・音楽・学園・成長物語

曲紹介

ほころび♡スプリングコール!〜梅とうぐいす〜
この小説から出来上がった曲です。



第2章:五人の春、五つの痛み

第1節「集まる想い、それぞれの傷」

 三月に入り、梅の花は満開を迎えていた。

 梅ヶ丘高校の梅林は、今が一年で最も美しい時期だ。白とピンクの花が咲き誇り、甘い香りが校内中に漂っている。
 春花は、いつものように早朝の梅林にいた。でも今日は一人ではなく、美鈴、陽菜、詩織の三人も一緒だった。
「わあ、すごい!満開だね!」
 陽菜が歓声を上げた。
「本当……綺麗ですね……」
 詩織も目を輝かせている。
「ね、この満開の梅林で、一度みんなで歌ってみない?」
 美鈴が提案した。
「え、今?」
 春花が驚いた。
「うん。春花、少しずつ人数増やしていくって言ったでしょ?今日は四人。ちょうどいいと思うんだ」
「で、でも……」
「大丈夫。私たち、敵じゃないよ」
 陽菜が春花の肩に手を置いた。
「春花さんのペースでいいから。ね?」
「う、うん……やってみる……」
 春花は深呼吸をした。
「じゃあ、詩織ちゃん、スマホでピアノの伴奏流してくれる?」
「はい」
 詩織がスマートフォンを操作すると、シンプルなピアノ伴奏が流れ始めた。
「せーの」
 美鈴が合図を出した。
 春花は目を閉じて、歌い始めた。
「ふわり 息が白くなる朝 でもね 胸はもう咲いてる……」
 声は震えていた。でも、止まることはなかった。
 美鈴が、春花の声に重ねるように歌い始める。陽菜も、少し遅れて加わった。
 三人の声が重なり、ハーモニーを作っていく。
 春花は、自分の声だけじゃないことに気づいた。みんなが一緒に歌っている。支えてくれている。
「コートの袖 ぎゅっと握って まだ少し 寒い帰り道……」
 歌声が、満開の梅林に響いていく。
 一曲歌い終わると、四人は顔を見合わせた。
「すごい……」
 春花が呟いた。
「みんなと一緒だと、こんなに……」
「ね?一人じゃないって、こういうことだよ」
 美鈴が微笑んだ。
「春花さん、最後まで歌えましたね!」
 詩織が嬉しそうに言った。
「うん……自分でもびっくりした……」
「よーし!この調子で、コンテストも頑張ろうね!」
 陽菜が拳を上げた。
 その時だった。
「……なかなか、いい声だったわよ」
 突然の声に、四人は振り返った。
 そこには、昨日断った冬木凛が立っていた。
「冬木先輩!」
 陽菜が驚いた。
「どうしてここに……?」
「たまたま通りかかっただけよ。でも、あなたたちの歌が聞こえてきて……つい、立ち止まってしまったわ」
 凛は少し複雑な表情をしていた。
「先輩、昨日は断っちゃいましたけど……」
「ええ。私の気持ちは変わらないわ」
 凛はそう言ったが、その目は、どこか寂しげだった。
「でも……」
 凛は春花を見た。
「あなた、梅野春花さんよね?歌詞を書いてるって聞いたけど」
「は、はい……」
「見せてもらえる?」
「え……」
 春花は戸惑ったが、ノートを差し出した。
 凛はそれを受け取り、じっくりと読み始めた。
 しばらくの沈黙の後、凛は顔を上げた。
「……いい言葉ね」
「あ、ありがとうございます……」
「でも、まだ粗削りだわ。構成も、韻の踏み方も、改善の余地がある」
 凛は厳しい口調で言った。
「あの、先輩……」
 美鈴が口を開いた。
「もし、先輩が一緒に作ってくれたら、もっと良くなると思うんです」
「私は……」
「お願いします!」
 四人が同時に頭を下げた。
 凛は少し驚いた様子だったが、すぐに表情を戻した。
「……一つだけ、条件があるわ」
「条件?」
「私は、作曲と編曲だけ。歌ったり、表に出たりするのは、絶対にしない」
「それでいいんですか?」
「ええ。それなら……手伝ってもいいわ」
 凛は小さく頷いた。
「やった!」
 陽菜が飛び跳ねた。
「これで五人だね!」
「よろしくお願いします、先輩!」
 詩織が嬉しそうに頭を下げた。
「ええ……よろしく」
 凛は、少しだけ微笑んだ。
 その表情は、どこか寂しさを含んでいたけれど、同時に、温かさも感じられた。
 その日の放課後。
 五人は音楽準備室に集まっていた。
「じゃあ、改めて自己紹介しようか」
 美鈴が言った。
「私は鶯谷美鈴、二年B組。ボーカル担当。好きなものは音楽と、あとは……甘いもの?」
「私も!」
 陽菜が声を上げた。
「桜井陽菜、二年A組。ダンスとコーラス担当。好きなものは、ダンスとお菓子と、あと明るい曲!」
「早乙女詩織です……一年C組……ピアノ担当で……好きなものは、静かな音楽と、読書です……」
 詩織が恥ずかしそうに言った。
「梅野春花、二年B組……歌詞担当……好きなものは……えっと……音楽と、梅の花……」
 春花も自己紹介をした。
「冬木凛。三年A組。作曲・編曲担当。好きなものは……特にないわ」
 凛は素っ気なく言った。
「えー、何かあるでしょ?」
 陽菜が食い下がった。
「ないわよ」
「じゃあ、嫌いなものは?」
「……騒がしいこと」
「あ、じゃあ私、嫌われてる?」
「別に」
 凛は冷たく言ったが、その口元は少しだけ緩んでいた。
「先輩、笑ってる!」
「笑ってないわよ」
「笑ってますよ、先輩」
 詩織も微笑んだ。
「……まあ、いいわ」
 凛は小さく息を吐いた。
「それより、曲作りを始めましょう。時間がないんだから」
「はい!」
 五人は、それぞれの持ち場についた。
 凛がピアノの前に座り、春花の歌詞を見ながら、コードを探り始める。
「この歌詞、Aメロ、Bメロ、サビの構成がはっきりしてるわね」
「あ、はい……一応、そういう風に書いてみました……」
「いいわ。メロディーは、こんな感じでどうかしら」
 凛が弾き始めたメロディーは、美鈴が作っていたものとは少し違った。もっと洗練されていて、でも温かみもある。
「わあ、素敵……」
 詩織が呟いた。
「先輩、やっぱりすごいです……」
「これは基本よ。ここから、アレンジを加えていくの」
 凛は淡々と説明した。
「サビは、もっと盛り上がる必要があるわね。ストリングスを入れましょう。それから、イントロには……」
「あの、先輩」
 美鈴が手を上げた。
「何?」
「先輩、楽しそうですね」
「……別に」
 凛は視線を逸らした。
「楽しくなんかないわよ。ただ、仕事として、きちんとやってるだけ」
「でも、目が輝いてますよ」
 陽菜が指摘した。
「さっきから、ずっと」
「……気のせいよ」
 凛は頑なに否定したが、その頬は少し赤くなっていた。
 春花は、そんな凛を見ていた。
 冬木凛先輩。音楽から離れていたはずなのに、今、こんなに生き生きとしている。
 何があったんだろう。なぜ、音楽を避けていたんだろう。
「春花、ぼーっとしてないで、歌詞の続き考えてちょうだい」
 凛が声をかけた。
「あ、はい!」
 春花は慌ててノートを開いた。
 練習が一段落した頃、陽菜がふと口を開いた。
「ね、みんな。せっかくチームになったんだし、もっとお互いのこと、知りたくない?」
「お互いのこと?」
「うん。なんか、まだお互いのことよく知らないなって思って」
「確かに……」
 美鈴が頷いた。
「じゃあ、それぞれ、自分のこと話してみる?」
「いいね!じゃあ、私から!」
 陽菜が元気に手を上げた。
「私ね、実は家が貧乏なの」
「え……」
 春花が驚いた。
「そんな風には見えないけど……」
「でしょ?私、明るく振る舞ってるからね。でも、本当は、毎日バイトして、家計を助けてるんだ」
 陽菜の笑顔が、少しだけ翳った。
「お母さんが体弱くて、働けないから。お父さんは……昔、家を出てっちゃった」
「陽菜ちゃん……」
「だから、本当は大学に行くお金もないんだよね。高校卒業したら、働かなきゃって思ってる」
「そんな……」
 詩織が悲しそうな顔をした。
「でもね、だからこそ、今を楽しみたいの。今、この瞬間に、全力で生きたいの」
 陽菜は笑顔を取り戻した。
「音楽も、ダンスも、みんなとの時間も。全部、今しかないから」
「陽菜……」
 美鈴が陽菜の手を握った。
「次、私が話すね」
「美鈴ちゃん?」
「私、両親が離婚してるの。今はお母さんと二人暮らし」
 美鈴は静かに話し始めた。
「お母さんはね、すごく厳しい人。私に、完璧であることを求めるの。成績も、歌も、見た目も、全部」
「それは……大変だね……」
「うん。でも、お母さんなりの愛情なんだって、わかってる。私が幸せになってほしいから、厳しくしてるんだって」
 美鈴は俯いた。
「でも、疲れちゃうんだ。完璧な娘でいるの」
「美鈴ちゃん……」
「だから、春花と出会えて、本当に良かった。春花の歌を聞いて、『完璧じゃなくていいんだ』って、初めて思えたから」
 美鈴は春花を見て、微笑んだ。
「ありがとう、春花」
「私こそ……美鈴ちゃんがいなかったら、今の私はいないよ……」
 二人は見つめ合って、笑い合った。
「じゃあ、次は詩織ちゃん?」
「あ、えっと……私は……」
 詩織は少し躊躇した後、小さな声で話し始めた。
「私、ずっと自信がないんです……何をやっても、中途半端で……」
「そんなことないよ!詩織ちゃん、ピアノすごく上手じゃん」
 陽菜が励ました。
「でも……お姉ちゃんに比べたら……」
「お姉ちゃん?」
「私には、三つ上のお姉ちゃんがいて……その人が、すごく優秀なんです。勉強も、ピアノも、スポーツも……何でもできて……」
 詩織の声が震えた。
「いつも比べられるんです。『お姉ちゃんはできたのに』『お姉ちゃんは凄かったのに』って……」
「それは……辛いね……」
「だから、ずっと思ってたんです。私なんて、必要ないんじゃないかって……」
 詩織の目に、涙が浮かんだ。
「でも……先輩たちが、誘ってくれて……私を必要だって言ってくれて……嬉しかったんです……」
「詩織ちゃん……」
 春花が詩織の手を握った。
「あなたは、必要だよ。私たちにとって、かけがえのない仲間だよ」
「春花さん……」
「あなたのピアノがなかったら、この曲は完成しない。あなたの優しさがなかったら、このチームはこんなに温かくならなかった」
「そうだよ、詩織ちゃん」
 美鈴も頷いた。
「あなたは、あなたのままで素晴らしいの。お姉さんと比べる必要なんてないよ」
「みんな……ありがとうございます……」
 詩織は涙を流しながら、笑顔を見せた。
 しばらくの沈黙の後、凛が口を開いた。
「……私の番ね」
「先輩、無理に話さなくても……」
「いいわ。みんなが話してくれたんだから、私も話すべきでしょう」
 凛は深呼吸をした。
「私には、姉がいたの。二つ上の」
「いた……?」
「ええ。三年前に、亡くなったわ」
 その言葉に、四人は息を呑んだ。
「姉は、音楽家を目指してた。すごく才能があって、将来は絶対にプロになれるって、みんなが言ってた」
 凛の声が、少し震えた。
「でも、高校二年生の時に、病気で……」
「先輩……」
「姉はね、死ぬ直前に私に言ったの。『凛、私の分まで音楽を続けて』って」
 凜の目に、涙が滲んだ。
「でも、私にはできなかった。姉ほどの才能もないし、姉みたいに音楽を愛せなかった。だから、音楽から逃げたの」
「それで、音楽部に入らなかったんですね……」
 詩織が呟いた。
「ええ。でも……」
 凛は四人を見た。
「あなたたちの歌を聞いて、思い出したの。姉が、どれだけ音楽を愛していたか。どれだけ、楽しそうに歌っていたか」
「先輩……」
「だから、手伝おうと思ったの。姉の分まで、とは言えないけど。少しでも、姉に近づけるなら」
 凛は、初めて本当の笑顔を見せた。
「ありがとう。誘ってくれて」
「先輩……!」
 陽菜が凛に抱きついた。
「わ、ちょっと!」
「いいじゃないですか!今日だけ!」
「もう……」
 凛は困ったような、でも嬉しそうな顔をした。
 最後に、みんなの視線が春花に向いた。
「春花も、話してくれる?」
 美鈴が優しく聞いた。
「う、うん……」
 春花は深呼吸をした。
「私、十年前にテレビに出たことがあるの。お父さんが音楽プロデューサーだったから」
「へえ、そうなんだ」
「でも、本番で……緊張しすぎて、歌えなくなっちゃったの。声が、全然出なくて……」
 春花の声が、小さくなっていく。
「それから、人前で歌うのが怖くなった。また失敗したらって、また恥をかいたらって……」
「春花……」
「お父さんも、それから音楽の仕事辞めちゃって。私のせいで、お父さんの夢を壊しちゃったんだ……」
 春花の目に、涙が溢れた。
「だから、ずっと罪悪感があって……音楽が好きなのに、歌いたいのに、歌えなくて……」
「春花さん……」
 詩織も涙を流していた。
「でも、美鈴ちゃんが、私の歌を認めてくれて。みんなが、一緒にいてくれて」
 春花は涙を拭いた。
「今、少しずつだけど、前に進めてる気がするの。まだ怖いけど、でも、頑張りたいって思えるの」
「春花……」
 美鈴が春花を抱きしめた。
「大丈夫。私たちがいるから」
「うん……」
 五人は、お互いを抱きしめ合った。
 それぞれが、痛みを抱えている。それぞれが、傷を持っている。
 でも、その痛みを分かち合うことで、五人は一つになった。
「私たち、仲間だね」
 陽菜が笑顔で言った。
「うん、仲間だよ」
 美鈴が頷いた。
「かけがえのない、仲間」
 凛も微笑んだ。
「ずっと、一緒だよ」
 詩織が小さく言った。
「うん……ずっと一緒……」
 春花も頷いた。
 五人の心が、一つに繋がった瞬間だった。
 その日の帰り道。
 春花は一人、梅林に立ち寄った。
 夕暮れの光に照らされた梅の花が、美しく輝いている。
「みんな、痛みを抱えてたんだね……」
 春花は梅の花に語りかけた。
「でも、その痛みがあるから、こんなに強く、美しく咲けるんだね」
 梅の花は、答えない。でも、風に揺れて、まるで頷いているかのように見えた。
「私も、頑張る。みんなのために。そして、自分のために」
 春花は、ノートを開いた。
 新しい歌詞が、頭の中に浮かんでいた。
「『泣いた夜も 迷った朝も 全部まとめて 私だよね』……」
 ペンを走らせる。
 言葉が、溢れるように出てくる。
「『凛と咲こう あの花みたいに 下を向かずに 前だけ見て』……」
 五人の想いが、言葉になっていく。
 それぞれの痛みが、歌詞に込められていく。
 春花は、書き続けた。
 夕日が沈み、空が茜色に染まる中、春花の手は止まらなかった。
 この曲は、五人の物語。
 五人の痛みと、希望の物語。
 そして――五人が共に歩む、春への物語。
「できた……」
 春花は、完成した歌詞を見つめた。
「これなら、みんなの想いが伝わる……」
 梅の花が、夕日に照らされて、金色に輝いていた。
 それは、まるで祝福のようだった。
 春花の心に、確かな手応えがあった。
 この曲は、きっと素晴らしいものになる。
 五人の心が一つになった、奇跡の歌になる。
「ありがとう、みんな」
 春花は、空に向かって呟いた。
「一緒に、春を呼ぼうね」
 風が吹いて、梅の花びらが舞った。
 それは、まるで春の使者が、舞い降りてきたかのようだった。
 春花の物語は、ここから本当に動き出す。
 五人の物語が、始まるのだ。

第2節「梅林に響く旋律」

 翌日の放課後。
 五人は再び音楽準備室に集まっていた。
「春花、歌詞できたって本当?」
 美鈴が期待に満ちた目で聞いた。
「う、うん……昨日、みんなの話を聞いて、一気に書けちゃって……」
 春花は少し照れくさそうにノートを差し出した。
 凛がそれを受け取り、じっくりと読み始める。美鈴、陽菜、詩織も、凛の肩越しに覗き込んだ。
 しばらくの沈黙。
 そして――
「春花……」
 美鈴の目に、涙が浮かんでいた。
「これ……すごい……」
「え?」
「『泣いた夜も 迷った朝も 全部まとめて 私だよね』……これ、私たちのことだよね……」
「う、うん……みんなの話を聞いて、書きたくなって……」
「春花さん……」
 詩織も涙声になっていた。
「『凛と咲こう あの花みたいに』……凛先輩の名前が入ってる……」
「あ、これは、その……先輩の名前と、『凛々しく』っていう意味を掛けたんだけど……変だったかな……」
「変じゃないわ」
 凛が静かに言った。その声も、少し震えていた。
「すごく……いいわ」
「先輩……」
「姉も、きっと喜ぶ。こんな素敵な歌詞に、自分の名前が入ってるなんて」
 凛は、ノートから顔を上げた。その目は、確かに潤んでいた。
「ありがとう、春花」
「私こそ……みんながいてくれたから、書けたんだよ……」
 春花も涙を拭いた。
「よーし!」
 陽菜が両手を叩いた。
「泣いてばかりいられないよ!この歌詞に、最高の曲をつけなきゃ!」
「そうね」
 凛はノートを持って、ピアノの前に座った。
「詩織、隣に座って。一緒に考えましょう」
「は、はい!」
 詩織も凛の隣に座った。
「まず、全体の構成を確認するわ。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、間奏、Cメロ、サビ、アウトロ。基本的な構成ね」
「はい」
「イントロは、春の訪れを感じさせるような、明るく軽やかなメロディーがいいと思うの。詩織、弾いてみて」
「えっと……こんな感じですか……?」
 詩織が、優しいピアノのメロディーを弾き始めた。
「いいわね。でも、もう少しリズミカルに。春の躍動感を出したいの」
「こ、こうですか……?」
 詩織が少しテンポを上げた。
「そう、それよ!」
 凛が嬉しそうに頷いた。
「美鈴、このメロディーに乗せて、歌ってみて」
「うん」
 美鈴が、春花の歌詞を手に取った。
「One, Two, Spring! ふわり 息が白くなる朝 でもね 胸はもう咲いてる……」
 美鈴の透明感のある歌声が、音楽準備室に響く。
 詩織のピアノが、それを優しく支える。
 春花は、自分の言葉が音楽になっていく様子を、息を呑んで見つめていた。
「すごい……」
 思わず呟いた。
「私の書いた言葉が、こんなに素敵な歌になるなんて……」
「春花の言葉が素敵だからよ」
 凛が言った。
「言葉に、ちゃんと魂が込められてる。だから、曲をつけると、こんなにも輝くの」
「凛先輩……」
「さあ、続きを作りましょう。時間がないんだから」
 凛は、また真剣な表情でピアノに向かった。
 それから数時間、五人は曲作りに没頭した。
 凛と詩織がメロディーを作り、美鈴が歌い、陽菜が振り付けを考え、春花が歌詞を調整する。
 何度も何度も繰り返し、少しずつ、曲が形になっていく。
「サビのところ、もっと盛り上げたいわね」
 凛が言った。
「ストリングスを入れましょう。それから、コーラスも重ねて」
「コーラス?」
「ええ。美鈴のメインボーカルに、陽菜と詩織、それから……春花もコーラスで参加できる?」
「え、私も……?」
 春花は戸惑った。
「大丈夫。コーラスなら、そんなに目立たないから。でも、あなたの声があった方が、絶対にいいと思うの」
「で、でも……」
「春花、やってみようよ」
 美鈴が励ました。
「少しずつ、って約束したでしょ?コーラスから始めよう」
「……わかった。やってみる」
 春花は、勇気を振り絞って頷いた。
「じゃあ、みんなで合わせてみましょう」
 凛が合図を出した。
 詩織がピアノを弾き始める。
 美鈴が歌い始める。
「ほころぶ♡スプリングコール! 白とピンク 空にジャンプ!」
 そこに、陽菜と詩織、そして春花のコーラスが重なる。
「ほころぶ〜 スプリングコール〜」
 四人の声が重なり、美しいハーモニーが生まれた。
 春花は、自分の声が他の人の声と混ざり合っていくのを感じた。
 一人じゃない。みんなと一緒だ。
 その安心感が、春花の心を満たしていく。
「梅の花が 教えてくれた 『今がスタート!』って」
 美鈴の歌声が、力強く響く。
「ホーホケキョ 聞こえたら 合図はもう 十分だね」
 春花は、自然と笑顔になっていた。
 楽しい。こんなに楽しいなんて。
 音楽って、こんなに素晴らしいものだったんだ。
「未来へ向かって 駆け出そう きらめく春が 呼んでるよ!」
 一曲歌い終わると、五人は顔を見合わせた。
「……すごい」
 陽菜が呟いた。
「今の、すごく良かったよ!」
「本当……鳥肌立っちゃった……」
 詩織も興奮気味だった。
「これよ。これが、私たちの歌」
 凛が満足そうに頷いた。
「春花、どうだった?」
 美鈴が聞いた。
「私……」
 春花は、自分の胸に手を当てた。
「すごく……楽しかった。こんなに楽しいなんて、思わなかった……」
「よかった」
 美鈴が微笑んだ。
「春花の笑顔、久しぶりに見た気がする」
「え?」
「いつも、どこか不安そうな顔してたから。でも今、本当に楽しそうで」
「そうかな……」
「そうだよ。春花さん、今すごくいい顔してます」
 詩織も頷いた。
「じゃあ、もう一回!今度は、もっと感情を込めて!」
 凛が指示を出した。
「はい!」
 五人は、また歌い始めた。
 練習が終わり、片付けをしていると、白梅先生が音楽準備室に入ってきた。
「あら、まだいたの?もう七時よ」
「え、もうそんな時間!?」
 陽菜が時計を見て驚いた。
「先生、聞いてください!」
 美鈴が嬉しそうに言った。
「曲、できたんです!」
「まあ、本当?聞かせてもらえる?」
「はい!」
 五人は、白梅先生の前で演奏を始めた。
 詩織のピアノ。美鈴のボーカル。陽菜のダンス。春花と詩織、陽菜のコーラス。凛の編曲。
 すべてが一つになって、『ほころび♡スプリングコール!〜梅とうぐいす〜』が響き渡る。
 歌い終わると、白梅先生は静かに拍手をした。
「素晴らしいわ」
 先生の目には、涙が浮かんでいた。
「本当に、素晴らしい。これが、私が求めていた『心からの音楽』よ」
「先生……」
「技術も完璧。でも、それ以上に、心が伝わってくる。あなたたちの想いが、痛みが、希望が、全部込められてる」
 白梅先生は、五人を見渡した。
「この曲で、コンテストに出なさい。きっと、素晴らしい結果が待ってるわ」
「はい!」
 五人は、声を揃えて答えた。
 その日の夜。
 春花は自分の部屋で、窓の外を見ていた。
 満月が、夜空に輝いている。
「今日、すごく楽しかった……」
 春花は、自分の声で呟いた。
「みんなと一緒に歌えて、本当に良かった……」
 スマートフォンが鳴った。美鈴からのメッセージだった。
『春花、今日はありがとう。コーラス、すごく良かったよ。春花の声があるだけで、曲が何倍も素敵になった』
 春花は、返信を打った。
『こちらこそ、ありがとう。美鈴ちゃんがいてくれたから、私、ここまで来れたよ』
 すぐに返信が来た。
『これからも、一緒に頑張ろうね。春花なら、絶対に人前でも歌えるようになるよ』
『うん、頑張る』
 春花は、スマートフォンを置いて、また窓の外を見た。
 遠くに、学校の梅林が見える。夜の闇の中でも、その存在がぼんやりとわかる。
「明日も、梅林に行こうかな……」
 春花は、そう思った。
 あの場所が、今の春花にとって、一番大切な場所になっていた。
 すべてが始まった場所。
 美鈴と出会った場所。
 自分の殻を破り始めた場所。
「梅の花、まだ咲いてるかな……」
 春花は、小さく微笑んだ。
 翌朝、いつものように春花は梅林へ向かった。
 三月も中旬に入り、梅の花はそろそろ散り始めている。でも、まだ十分に美しい。
「おはよう、春花」
 美鈴が待っていた。
「おはよう、美鈴ちゃん」
「今日は二人だけだね」
「うん」
 二人は並んでベンチに座った。
「ね、春花。梅花祭まで、あと一週間だよ」
「うん……」
「準備、順調だね」
「みんなのおかげで」
 春花は梅の花を見上げた。
「この花も、もうすぐ散っちゃうね」
「でも、また来年咲くよ」
 美鈴も花を見上げた。
「毎年、春になると、必ず咲く。それが、梅の強さだと思う」
「強さ……」
「うん。寒さに負けない強さ。散っても、また咲く強さ」
 美鈴は春花を見た。
「春花も、そうなれるよ。一度失敗しても、また立ち上がれる」
「美鈴ちゃん……」
「私、思うんだ。失敗って、終わりじゃないんだよね。新しい始まりなんだって」
「新しい始まり……」
「うん。春花が十年前に失敗したのも、今の春花が生まれるための、始まりだったんじゃないかな」
 美鈴の言葉に、春花はハッとした。
「そうか……そうかもしれない……」
「あの失敗がなかったら、春花は音楽の大切さに気づけなかったかもしれない。人前で歌える幸せを、知らなかったかもしれない」
「美鈴ちゃん……ありがとう……」
 春花は、美鈴の手を握った。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
「私もだよ。春花がいてくれて、本当に良かった」
 二人は微笑み合った。
 その時、鶯が鳴いた。
「ホーホケキョ」
「あ、鶯だ」
 陽菜の声がした。振り返ると、陽菜、詩織、凛の三人が歩いてきた。
「おはよう!」
「みんな、どうしたの?」
「今日は全員で、梅林で練習しようと思って」
 陽菜が笑顔で言った。
「え、ここで?」
「うん。だって、この曲、梅林から生まれたんでしょ?だったら、ここで歌うのが一番いいと思って」
「でも、誰かに聞かれちゃうかも……」
「大丈夫。まだ朝早いし」
 凛が言った。
「それに、もし誰かに聞かれても、それも練習のうちよ」
「そっか……」
 春花は少し不安だったが、みんなの笑顔を見て、頷いた。
「じゃあ、やってみる」
「よし!」
 五人は、梅林の中央に立った。
 詩織がスマートフォンで伴奏を流す。
「せーの」
 美鈴の合図で、五人は歌い始めた。
「One, Two, Spring! ふわり 息が白くなる朝 でもね 胸はもう咲いてる」
 満開の梅の花の下で、五人の歌声が響く。
「コートの袖 ぎゅっと握って まだ少し 寒い帰り道 だけど香る この予感 知らないふり できないよ」
 梅の花が、風に揺れて舞う。
 まるで、五人の歌に合わせて踊っているかのように。
「ほころぶ♡スプリングコール! 白とピンク 空にジャンプ!」
 陽菜が、梅の花びらの中で踊る。
 その姿は、まるで妖精のようだった。
「梅の花が 教えてくれた 『今がスタート!』って」
 春花は、自分の声が震えていないことに気づいた。
 みんなと一緒だから。この場所だから。
 安心して、歌える。
「ホーホケキョ 聞こえたら 合図はもう 十分だね」
 そして、本当に鶯が鳴いた。
 まるで、五人の歌に応えるかのように。
「未来へ向かって 駆け出そう きらめく春が 呼んでるよ!」
 一曲歌い終わると、五人は息を切らして笑い合った。
「すごかった!」
 陽菜が飛び跳ねた。
「鶯が、本当に鳴いたね!」
「まるで、私たちの歌を聞いてくれてたみたいだね」
 詩織も嬉しそうだった。
「ええ。完璧だったわ」
 凛も満足そうに頷いた。
「春花、どうだった?」
 美鈴が聞いた。
「すごく……気持ちよかった……」
 春花は笑顔で答えた。
「ここで歌うの、大好き。この梅林が、私の特別な場所になった」
「よかった」
 美鈴が微笑んだ。
 その時、遠くから拍手の音が聞こえた。
「え?」
 五人が振り返ると、校舎の窓から、何人かの生徒が顔を出して拍手をしていた。
「あ、聞かれてた……」
 春花は少し恥ずかしくなったが、不思議と怖くなかった。
「いいじゃん!」
 陽菜が手を振り返した。
「もっと聞いてもらおうよ!」
「え、でも……」
「大丈夫。春花なら、できるよ」
 美鈴が励ました。
「そうだよ、春花さん。もう、あなたは一人じゃないんだから」
 詩織も頷いた。
「みんな……」
 春花は、四人の顔を見た。
 みんな、笑顔だった。
 信じてくれている。応援してくれている。
「……わかった。もう一回、歌おう」
 春花は、勇気を振り絞って言った。
「今度は、聞いてくれてる人たちのために」
「よし!」
 五人は、もう一度歌い始めた。
 今度は、窓から見ている生徒たちに向かって。
 梅林に響く五人の歌声は、校舎中に届いていた。
 聞いていた生徒たちも、次々と窓を開けて、耳を傾ける。
 そして、歌い終わると――
 大きな拍手が、校舎中から聞こえてきた。
「すごーい!」
「もっと聞きたい!」
「梅花祭、楽しみ!」
 生徒たちの声が、梅林まで届いた。
 春花は、涙を流していた。
 でも、それは悲しい涙じゃない。
 嬉しい涙だった。
「みんな……聞いてくれた……」
「うん。春花の歌、ちゃんと届いたよ」
 美鈴が、春花の背中を優しく叩いた。
「これが、始まりだよ。春花の、新しい春の始まり」
「うん……」
 春花は、涙を拭いて笑顔を見せた。
「ありがとう、みんな。私、頑張るよ。梅花祭、成功させようね」
「うん!」
 五人は、手を重ね合わせた。
「せーの、梅鶯!」
「梅鶯!」
 五人の声が、梅林に響き渡った。
 満開の梅の花が、祝福するかのように、花びらを舞わせた。
 春は、もうすぐそこまで来ていた。
 五人の春が。
 そして、春花の春が。

第3節「見えない壁、見える絆」

 梅林での朝練は、五人の日課となっていた。
 毎朝、日の出前に集まり、満開の梅の花の下で歌う。その光景は、次第に学校中に知られるようになり、時折早起きした生徒たちが、遠くから見守るようになっていた。
 しかし、梅花祭まで残り四日となったこの日、五人にはそれぞれ違う悩みが浮上し始めていた。
 放課後、音楽準備室。
「ねえ、みんな。ちょっと相談があるんだけど……」
 陽菜が、いつもの明るさとは違う、少し沈んだ声で切り出した。
「どうしたの?陽菜ちゃん」
 春花が心配そうに聞いた。
「あのね……梅花祭の日なんだけど……」
 陽菜は言いにくそうに続けた。
「バイトが入っちゃって……」
「え?」
 四人が驚いた。
「店長に、どうしてもって頼まれて……断れなかったの。だって、うちの家計、私のバイト代がないと……」
「陽菜……」
「ごめん……本当にごめん……」
 陽菜の目に、涙が浮かんだ。
「私、みんなと一緒に舞台に立ちたかった。でも、家のことを考えると……」
「待って、陽菜」
 美鈴が陽菜の肩を掴んだ。
「それって、何時から何時まで?」
「午前十時から午後三時まで……」
「梅花祭の本番は午後二時からよ。間に合わないじゃない」
 凛が眉をひそめた。
「うん……だから、私、出られないかも……」
「そんな……」
 詩織も悲しそうな顔をした。
「陽菜さんがいないなんて……」
「でも、仕方ないよ。陽菜ちゃんには、陽菜ちゃんの事情があるんだもん」
 春花が言った。
「うん……ごめんね、みんな……」
 陽菜は顔を伏せた。
 重苦しい空気が、室内を包んだ。
「……私が、店長に話してみるわ」
 凛が立ち上がった。
「え?」
「陽菜のバイト先って、駅前のカフェでしょ?私の知り合いが常連なの。その人を通じて、店長に事情を説明してもらう」
「でも、そんな……」
「いいのよ。仲間が困ってるんだから」
 凛は、いつもの冷たい表情とは違う、優しい笑顔を見せた。
「任せなさい」
「先輩……ありがとうございます……」
 陽菜は、涙を流しながら頭を下げた。
 その日の夜。
 美鈴は、自宅のリビングで母親と向き合っていた。
「お母さん、話があるの」
「何?美鈴」
 母親は、いつもの厳しい表情で娘を見た。
「梅花祭のこと……来てくれる?」
「梅花祭?」
「うん。私たち、生徒創作音楽コンテストに出るの。オリジナルの曲を作って」
「あら、そうなの」
 母親は少し興味を示したが、すぐに眉をひそめた。
「でも、そんなことしてる暇あるの?受験勉強は?」
「大丈夫。ちゃんと勉強もしてるよ」
「本当に?成績、下がってないでしょうね」
「下がってないよ。この前の模試も、学年三位だったでしょ」
「三位じゃダメよ。一位を取らなきゃ」
 母親の言葉に、美鈴の表情が曇った。
「お母さん……」
「美鈴、あなたは完璧でなければならないの。私の娘なんだから」
「でも……」
「音楽なんて、趣味でやる分にはいいけど、それで人生を棒に振るようなことはしないでちょうだい」
 母親は立ち上がった。
「梅花祭?行くかどうかわからないわ。その日、仕事が入るかもしれないし」
「そんな……」
「それより、勉強しなさい。東大に入るんでしょ?」
 母親は、そう言って自分の部屋に戻ってしまった。
 一人残された美鈴は、ソファに座り込んだ。
「お母さん……」
 涙が、頬を伝った。
 いつもそうだ。母親は、美鈴の気持ちを理解しようとしない。
 完璧であること。優秀であること。それだけを求められる。
「私だって……人間なのに……」
 美鈴は、両手で顔を覆った。
 同じ頃、詩織も自宅で悩んでいた。
「詩織、ちょっといい?」
 姉の栞が、詩織の部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん……」
「梅花祭に出るんだって?お母さんから聞いたよ」
「う、うん……」
「すごいじゃん。詩織も、やっと人前に出られるようになったんだね」
 姉は笑顔で言ったが、詩織にはその言葉が重く感じられた。
「お姉ちゃんは……来てくれる?」
「ごめん、その日、大学の発表があって。行けないかも」
「そっか……」
 詩織は、少しホッとしたような、でも寂しいような、複雑な気持ちになった。
「でも、詩織なら大丈夫だよ。頑張って」
 姉はそう言って、部屋を出て行った。
 一人になった詩織は、ピアノの前に座った。
「私……本当に大丈夫かな……」
 鍵盤に手を置くが、音を出す勇気が出ない。
「お姉ちゃんみたいに、完璧には弾けない……みんなに迷惑かけちゃうかも……」
 詩織の心に、不安が広がっていった。
 翌日の朝練。
 五人が梅林に集まったが、いつもの明るさはなかった。
「おはよう……」
「おはよう……」
 挨拶も、どこか元気がない。
「みんな、どうしたの?」
 春花が心配そうに聞いた。
「何かあった?」
「……実はね」
 美鈴が口を開いた。
「昨日、お母さんと話したんだけど……梅花祭、来てくれないかもしれない」
「え……」
「お母さん、私が音楽やることを、あまり良く思ってないみたい」
「そんな……」
「私も……」
 詩織が小さな声で言った。
「お姉ちゃんが来れないって……それに、私、みんなの足を引っ張らないか、心配で……」
「詩織ちゃん……」
「ごめんなさい……私、自信ないんです……」
 詩織は泣きそうになっていた。
「私なんかが、舞台に立っていいのかって……」
「何言ってるの、詩織ちゃん」
 陽菜が詩織の肩を抱いた。
「あなたがいなきゃ、この曲は成り立たないよ。あなたのピアノが、みんなを支えてるんだから」
「でも……」
「でもじゃないよ。自信持って」
 陽菜は笑顔を見せようとしたが、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
「陽菜ちゃんこそ、大丈夫?バイトのこと……」
 春花が聞いた。
「うん……凛先輩が動いてくれてるから……でも、まだどうなるかわからないんだ……」
 陽菜も不安そうだった。
「みんな……」
 春花は、四人の顔を見た。
 それぞれが、悩みを抱えている。
 それぞれが、不安を感じている。
「ねえ、みんな」
 春花が口を開いた。
「私たち、何のために歌ってるんだっけ?」
「え?」
「私たちの曲、『ほころび♡スプリングコール!』でしょ?ほころびは、終わりじゃなくて、始まりのサイン」
 春花は、みんなの手を取った。
「今、みんな悩んでる。不安も抱えてる。でも、それって、ほころびだと思うの」
「ほころび……」
「うん。完璧じゃなくていいんだよ。ほころびがあってもいい。大切なのは、そこから前に進むこと」
 春花の言葉に、四人は顔を上げた。
「美鈴ちゃんのお母さんが来なくても、私たちが見てる。陽菜ちゃんがバイトで遅れても、待ってる。詩織ちゃんが不安でも、支えてる」
「春花……」
「私たち、仲間でしょ?一人で抱え込まないで。みんなで分かち合おうよ」
 春花の目には、涙が浮かんでいた。
「私、みんなに助けられてきた。今度は、私がみんなを助けたい」
「春花さん……」
 詩織が涙を流した。
「ありがとうございます……」
「ありがとう、春花」
 美鈴も微笑んだ。
「そうだよね。私たち、一人じゃないんだよね」
「うん」
 陽菜も頷いた。
「みんながいれば、何でも乗り越えられる」
 その時、凛が静かに拍手をした。
「よく言ったわ、春花」
「先輩……」
「あなた、すごく成長したわね。あの臆病だった春花が、今はみんなを励ましてる」
 凛は優しく微笑んだ。
「私からも、いいニュースがあるわ」
「え?」
「陽菜のバイト、交渉成功よ。当日は午後から休みにしてもらえるって」
「本当ですか!?」
 陽菜が飛び上がった。
「ええ。店長さん、すごくいい人だった。『夢を追いかける若者を応援したい』って言ってくれたわ」
「先輩……!」
 陽菜は凛に抱きついた。
「ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっと……」
 凛は困った顔をしたが、満更でもなさそうだった。
「これで、全員揃うわね」
「はい!」
「よし、じゃあ練習開始よ。残り三日、全力で仕上げるわよ」
「はい!」
 五人は、また元気を取り戻していた。
 その日の放課後。
 五人が音楽準備室で練習していると、ドアがノックされた。
「失礼します」
 入ってきたのは、春花の父、冬彦だった。
「お、お父さん!?」
 春花は驚いた。
「どうしてここに……」
「先生から連絡をもらってね。娘が頑張ってるって聞いて、見に来たんだ」
 冬彦は、五人を見渡した。
「これが、梅鶯のメンバーか」
「は、はい……」
 美鈴が代表して答えた。
「私、鶯谷美鈴です。春花さんと一緒に、曲を作ってます」
「そうか。よろしく頼むよ」
 冬彦は優しく微笑んだ。
「春花、少し話せるか?」
「う、うん……」
 春花は父と一緒に、廊下に出た。
「お父さん、どうしたの?急に……」
「春花、お前、本当に音楽が好きなんだな」
 冬彦は、娘の目を見つめた。
「う、うん……」
「十年前のこと、ずっと引きずってると思ってた。でも、お前は前に進もうとしてるんだな」
「お父さん……」
「ごめんな、春花。あの時、無理にテレビに出させて」
 冬彦の目に、涙が浮かんだ。
「お前を傷つけてしまった。ずっと、後悔してたんだ」
「お父さん、違うよ」
 春花は首を振った。
「あの時のことがあったから、今の私がいるの。失敗したから、音楽の大切さがわかったの」
「春花……」
「だから、お父さんのせいじゃないよ。むしろ、感謝してる」
 春花は微笑んだ。
「お父さんが音楽の世界を教えてくれたから、今、こんなに素敵な仲間に出会えたんだもん」
「春花……」
 冬彦は、娘を抱きしめた。
「ありがとう。お前は、本当に強い子に育ったな」
「お父さん……」
 春花も、父の背中に手を回した。
 十年間の誤解が、ようやく解けた瞬間だった。
「梅花祭、絶対に見に行くよ」
「うん……」
「お前の歌、聞かせてくれるか?」
「え……でも、私、まだ……」
「大丈夫。お父さんは、お前の一番のファンだから」
 冬彦は優しく微笑んだ。
「頑張れ、春花。お前なら、きっとできる」
「うん……頑張る……」
 春花は、涙を拭いて笑顔を見せた。
 音楽準備室に戻ると、四人が心配そうに待っていた。
「春花、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 春花は笑顔で答えた。
「お父さんと、仲直りできた」
「よかった……」
 美鈴が安堵の表情を見せた。
「じゃあ、練習再開ね」
 凛が言った。
「でも、その前に……」
 凛は、五人を集めた。
「みんな、手を出して」
「え?」
「いいから」
 五人は、手を重ね合わせた。
「私たち、それぞれ問題を抱えてる。でも、この手を繋いでいれば、どんな壁も乗り越えられる」
 凛の言葉に、四人は頷いた。
「見えない壁があっても、この絆は見える。この絆があれば、何も怖くない」
「はい!」
「せーの……」
「梅鶯!」
 五人の声が、一つになった。
 その瞬間、五人の心も、完全に一つになった。
 もう、何も怖くない。
 どんな困難が待っていても、この五人なら乗り越えられる。
 なぜなら――
 五人には、見えない壁を越える、確かな絆があるのだから。
 その夜、春花は梅林に一人で立っていた。
 満月の光が、梅の花を照らしている。
 もう、花はほとんど散ってしまった。でも、その散り際の美しさが、春花の心を打った。
「散っても、また咲く……」
 春花は、梅の木に触れた。
「私も、何度でも立ち上がれる。みんながいてくれるから」
 春花は、空を見上げた。
「梅花祭、成功させるからね。みんなのために。そして、自分のために」
 風が吹いて、最後の花びらが舞った。
 それは、まるで春花の決意を祝福するかのようだった。
 見えない壁は、まだそこにある。
 でも、見える絆が、それを越える力をくれる。
 春花は、もう一人じゃない。
 五人の絆が、春花を支えている。
 そして、春花も、五人を支えている。
 それが、梅鶯という、かけがえのないチームなのだ。
「さあ、残り三日。頑張ろう」
 春花は、固く拳を握った。
 梅林に、静かな決意が満ちていた。
 春は、もうすぐそこまで来ていた。
 五人の春が。
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