【指導実績】不登校生Aさん

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コラム
過去に私が家庭教師を担当させていただいたAさんについてご紹介します。
Aさんは当時中学校2年生で、1年生の終わり頃に体調を崩し、数日学校を休んだ結果、授業についていけなくなり、学校へ行けなくなったそうです。
2年生の夏休みの宿題がなかなか進まないのを心配されたお母さまから、当時私が登録していた家庭教師派遣の会社にお問い合わせをいただいたのを機に、私とAさんは知り合いました。
私にとって初めての家庭教師先でした。
恥ずかしながら、私は出会って初日に、大きな失敗をしてしまいました。
ご挨拶をさせていただき、お母さまが退席されて早々に、授業の説明を始めてしまったんです。
戸惑ったAさんは「お手洗いへ行く」と言い残し、出ていったきり帰ってきてくれませんでした。
今思えば、当然の結果ですね。

幸い、次週の授業も受けてくださることになり、その日に私は頭を下げてAさんに謝罪しました。
そして、色々話していくうちに、学校が嫌になった経緯や、思春期特有の葛藤について、少しずつ話してくれるようになりました。
お母さまの了承を得た上で、毎週雑談と授業を半々くらいで進めていきました。

夏休みが終ってしばらくすると、Aさんから嬉しい報告がありました。
「先生、昨日、学校行ったよ」
授業中は寝ていたものの、友人と久々に再会し、色々な話をしたと言います。
そして、初めて会った日から数カ月。
1年生の復習から始まった授業も、完全に学校の進捗に追いつきました。
Aさんは特に数学が得意で、いつも宿題をきちんとやってきてくれていました。
そんな努力が実を結び、2年生の最初は15点だった数学のテストが、二学期末には50点に届きました。
そして、お母さまからも、うれしい変化のご報告がありました。
いつも家ではムスっとしていた態度に変化が見られ、家事を手伝うようになったそうです。

当時私は色々な面でまだ駆け出しで、「なんだかラッキーな結果になったなあ」くらいにしか思っていませんでした。
今、当時の事を考えると、こう思います。
きっとAさんは、学校の先生が言っていることが理解できない状況が、不安で、不愉快で、焦燥感に駆られていたのでしょう。
そんな不快な状況から逃げるために、「学校に行かない」という選択をしたのだと思います。
しかし、それでもやはり不安や焦燥感は消えず、家での態度も硬化してしまい、お母さまも不安が募っていったのでしょう。
しかも学校というのは、休んだ日数が重なれば重なるほど、行くのがより億劫になるものです。
そんな彼女が学校へ行くことができた要因として考えられるものを、2つ挙げたいと思います。

1.理解者の存在
2.自信

1は、私と色々な話をしていく中で「こうやって聞いてくれる人がいるんだ」という認識が彼女の中にできことです。
私もうつ病の時は外に出るのが怖かったのですが、カウンセラーさんにいろいろ聞いてもらったりお話してもらったりしているうちに、「私には絶対的な味方がいる」という認識が芽生え、外出できるようりました。
2は、「学校の授業がわかる」という自信です。「テストでこれぐらいとれるかも」という自信だったかもしれませんね。
この2つに共通しているのは、「自己肯定」です。
自分を労わる、認めるというのは、簡単なことのようで、難しいことです。
なのでまずは、「誰かに受け入れてもらう」のが必要不可欠だと、私は思います。

私は、あなたの絶対的な味方になって、あなたの見る世界を変えたいです。
それが私の夢です。

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