この記事はアラフォーの今、大学生までの自分にどんなアドバイスができるかを考えて書いた記事で具体的には
・田舎、東京の生活の対照的な価値観
・10代半ば~20代前半の頃の苦悩と40歳前後になった今からみた答え合わせ
をしていくものです。
少しお付き合いいただけたら幸いです。
昭和~平成の移り変わりの中で関東の田舎に生まれ育ちました。
年上の兄弟もおり、家族は総じて真面目で堅実な中流家庭だったと思います。
親は教職に就いていたこともあり、非常に教育熱心でした。
「勉強さえできれば何でも良い」というよりは、
自然と勉強に取り組める環境を整えてくれたので、周囲に比べて学業の成績は良かったように思います。
自分自身は生真面目で体格も大きく、冗談が通じない性格、バカにされると殴りかかるので、いじめられることはありませんでした。
身体も健康で、小学校では休んだ記憶がほとんどありません。
小学校時代の友人たちも陽気で、親の職業は工場や病院の事務、大工、解体業など中小企業に勤めている方が多かったです。
子どもらしく野球やサッカー、バスケットボールをやりましたが、球技との相性は良くありませんでした。
身体能力は平均以上でしたが、練習しても上達せず、田舎の小学校ですらレギュラーにはなれませんでした。
田舎の閉塞感と地方小都市の上澄み
都会と田舎は分断されている
地元では、高卒で20代半ばに結婚し、子どもを持ち、そのまま地元で暮らすのが一般的でした。
私自身もそれに疑問を持つことはありませんでした。
それしか知らなかったからです。
一方で、東京に住む同い年齢の従兄弟は小学校4年生から中学受験に向けて猛烈に勉強していました。
私の地元では中学受験をする人は皆無だったので、「東京の子どもは大変だな」と思いましたが、従兄弟は「同じクラスの3分の1が中学受験するから普通だよ。」と答えていました。
こうして小学校時代が過ぎました。
同じ小学校の卒業生は周囲の小学校と合流して全員同じ公立中学校へ進学します。
中学に入ると、最初の7月の期末テストで大失敗し、母親が心底心配して塾に通わせてくれました。
そこから初めて体系的に勉強するようになり、成績はみるみる伸びていきました。
ただ、授業態度は良いとは言えず、クラスの端で学校行事に熱中する同級生を冷めた目で見て笑うようなタイプでした。
一方でテストの点は良かったので、教師からはあまり好まれない存在だったと思います。
テストで90点とっても成績表の評価が「並」になるのです。教師に気に入られようとは1mmも思わなかったので良かったです。今思えば協調性は最初からなかったのでしょう。
また、周囲は多感な思春期を経て、いわゆる不良になるものも現れます。
東京リベンジャーズみたいな人々も学年に10人くらい、授業にも出ず、放課後にバイクで乗り付けるものもいました。
気づけば中学3年生。
田舎の中学で上位10%程度を維持し、地域で一番の進学校を狙える成績になっていました。実兄もその高校に進学していたので、目指すのは自然な流れでした。
とはいえ、高校に合格できるかはギリギリのラインでした。
高校受験を控えた中学3年の2月、学校では2週間ぶっ通しで卒業式の練習をするという2000年前後の光景が広がっていました。
先生は「卒業式の思い出は一生残るから一生懸命練習しよう。」と言っていました。
本心からの発言なのでしょうが、彼ら・彼女らの教師人生を彩るために自身の高校受験を諦めるわけにはいきません。
私は「こんな大事な時期に勉強以外をやっていられるか」
と思い、2週間連続で学校を勉強するため休みました。
同じ高校を受験した10人ほどの同級生も、私と同じように卒業式の練習を休んで勉強していました。
唯一、真面目に出席した同級生だけが同じ高校を受験して不合格となり、私は滑り込みで合格しました。
「空気を読んで、あるいは協調性を重んじて損をすることもある」
この体験は15歳の私の頭に強く刻まれました。
進学した高校には地域から勉強のできる生徒が1学年300名ほど集まりました。
上位20名は東京大学や京都大学など旧帝国大学、もしくは医学部へ進学するような学校でした。田舎の高校としてはそれなりです。
親の職業も大きく変わりました。
教師、メーカーの研究者、歯科医、医者、公務員などの割合が明らかに地元より高いのです。
学業の成績が親から遺伝するのか、はたまた教育という課金ゲームの結果なのかわかりませんが明確に育ちの良い同級生が増えました。
周囲を見渡すと最終的に東京大学理系や医学部に現役で合格した友人もいましたが、基本性能が根底から私と違った気がします。
ちょっと努力しても全く届かない成績を叩き出していました。受験しない科目ですら高得点を取っていくのです。
まず最初のテストで300人中200位という結果に衝撃を受けました。
これでは地元のローカル国立大学程度にしか進学できない。危機感から1年生の頃は必死に勉強し、70位まで上げました。
この成績なら東北大学や北海道大学、あるいは早慶の理系を頑張れば狙えるレベルでした。右肩上がりで成績が上がるのは気持ちが良いものです。
しかし高校2年生になると、成績は頭打ち、私は中学時代の友人とつるむようになり、価値観に流されて勉強をやめてしまいました。
恋人ができた中学の友人の姿に刺激され、自分も勉強が馬鹿らしく思えてきたのです。
成績は急落し、一度落ちた学力は高校卒業まで戻りませんでした。
この頃、地元では中学時代の知り合いが16-17歳にして子供ができたり、傷害事件を起こして少年院に入ったという話を見聞きました。
結局、現役で大学受験にはすべて落ちます。滑り止めの大学にすら落ちてしまいました。
大学受験の失敗により私にとって
「勉強ができる=アイデンティティ」
でしたが、それを失いました。
一方で、従兄弟は東京の有名進学校(開成か筑駒か忘れた)から東京大学に現役合格。
「友人5人も全員が東京大学法学部に進学。」
「学年の半分以上が東大や医学部に進む。」
という世界に驚かされました。
聞けば中学時代に高校までの勉強を終わらせて高校ではひたすら東京大学への受験に焦点をあわせてる塾(鉄緑会)へ通っていたそうです。
地元の田舎では16-17歳で親になったり、傷害事件を起こして少年院に行くものもいれば、コミュニティの多くが当たり前のように東京大学に進学する世界があるのです。
東京の有名大学の人は育ちが良い
育ちの良い人が増えた
親の厚意で東京の予備校に入り、寮生活を送りました。
授業料を負担してくれたことには感謝しかありません。
環境の力は大きく、勉強が当たり前の空気の中で私の成績は伸びていきました。
浪人の1年間、狂ったように勉強しました。
高校時代の反省を生かし、勉強に一生懸命な人だけコミュニケーションを取るよるようにしてました。(嫌なガキだ)
そして、この時に理系から文系に変えました。
得意科目: 数学、英語
普通: 世界史
苦手科目: 国語、物理、化学
という組み合わせ、また良い機会なので社会は地理ではなく、世界史を新しく選択することにしました。
理系で数学をやっていたので文系の数学は非常に簡単に感じました。
20年以上前の受験の話ですが、今での自分の人生のベースに得意教科・苦手教科は関わってくるので人生とは不思議なものです。
(今、英会話を使ったシステムの仕事をしているので。世界史は海外へ興味を持つきっかけとなった)
1年の受験勉強の結果、第一志望の国立大学には落ちましたが、第二志望だった慶應と上智に合格できました。
実質、数学・英語だけで合格したようなもんでした。
特にその大学を志望する明確な理由があったわけではありません。
「専門性がない文系だったら有名な大学を選んだ方が良いだろう。」
「有名な大学にいけば選択肢が広がるだろう」
くらいの動機です。崇高な人生観を18-19歳の少年にあろうはずがありません。
私の地元から早慶レベルに合格するのは珍しく、天狗になったのを覚えています。
上京して大学に進学すると、周囲の育ちの良さの良さに磨きがかかります。
中学・高校一貫出身者が非常の多いのです。
入ったサークルの友人の出身高校も海城、武蔵、洛南、女子学院など多くの有名高校からの出身者が多かったです。
彼ら・彼女らの親も東京プライム企業に勤めているのは当たり前でした。
また、優等生というか堅実な同級生も多かったです。
経済系の学部に進学したこともあり、会計士を目指すのは非常に一般的でした。入学と同時にTAC、資格の大原、CPAといった会計士になるための資格学校へ通い始めるのです。
周囲に会計士を目指す人があまりに多いので自分自身も検討した事があります。
ただ、大学の先輩から「会計士の勉強は大学受験よりキツイぜ」と聞いた私は浪人で疲弊したので、私自身、会計士を目指す事はありませんでした。
ただ、アラフォーになった今、コミュニケーション能力が高くない有名大学の文系学生はこういった独占業務資格を取得するのは悪い話ではない、と強く思います。
大学を卒業して就職すれば「ただの人」になるからです。
有名大学にいる以上、勉強に適性が多少あるのは間違いないので会計士は目指す価値はあります。
特に弁護士、会計士は難易度が高く、働きながら合格するのは学生でもハードなのに社会人になってからはより相当ハードになります。
大学卒業まで明確にやることがなければバイトするより会計士、弁護士のような独占業務資格の勉強をした方が後の人生は安定するでしょう。合格しなかった場合も法務・経理にいけば明確に秀でる事もできます。
もしくは英語を身につけるため留学するのもおすすめです。
親に借金してでも英語圏に1年ほど留学すべきだったのは今も大きな後悔の1個です。
難関資格と同じく英語を一定レベル以上(読み書きではなく、会話)に持っていくにはどんなに地頭が良くても一定時間はかかるからです。
私の肌感で英語ができるだけで、日本語と同じ業務なら30-40%は報酬が違うし、同じ報酬なら30-40%は業務量が楽になります。
英語単独で高待遇は難しく掛け合わせが必要になりますが、人間、社会人やってれば何かの専門性は身につくものです。
一方で、ダブルスクールをしない学生も大手企業へ就職していきました。
三菱重工、NHK、コマツ、ニコンなど名だたる企業が進路先として当たり前に同級生にいます。
体育会、帰国子女のようなハイスペックは総合商社へと就職していきました。
アラフォーになった今、彼らと連絡を取る機会が年に数回ありますが、転職をせず、新卒ではいった会社で続けているケースが圧倒的に多いです。
恐らくは脳の報酬体系が「やるべきことを淡々と、苦も無くできる」という思考回路になっているように思います。
大学生までに卒業しておくべき異性関係
結局満足いく大学生活ではなかった
さてさて肝心の私の大学生生活です。評価軸は勉強から一変しました。
スクールカーストでは「陽キャ」が存在感を発揮し、自分には居心地の悪い世界でした。
地元の中学であれば、勉強ができる=免罪符というか差別化になるのでしょうが、大学ではみんな同じ学歴です。
同じ学歴であれば、クラスの人気者がスクールカーストで上位に来ます。
特に顕著になるのは異性関係です。
中学・高校(男子校だったので尚更)で恋人がいないのは普通の事ですが大学生にもなって恋人ができないのは見栄えが悪いように思いました。
ましてやダブルスクールもない文系の暇な大学生です。
特に大学時代の親友(男)がひたすらモテる(経験人数500人みたいなモンスター)ので、尚更羨ましかったです。
親友が彼女のために誕生日ケーキを買うのに付いて行った事があったのですが、遠いドラマのような世界に感じられました。
学内の異性にアプローチしても同じ学歴なので何も有利に運びません。
というか恋愛に学歴を持ち出す時点で劣後してる事は言うまでもありません。
私自身、見た目も良くないし(顔がカッコいいって言われた事は人生で一度もない)、何よりコミュニケーション能力が低かったのが原因でしょう。
私は喋れないタイプのコミュ障ではないですが、相手が何を考えているかわからない事が多々ありますし、何よりコミュニケーションの「間」を待つ忍耐力がありません。
異性と知り合っても距離感無視して一方的にメッセージしていたので、そりゃ嫌われるわな、とアラフォーになった今、思います。
当時は出会い系アプリもない時代、いや出会い系アプリがあっても変わらなかったと思いますが、
男性にとって「モテない」というコンプレックスは重大な影響を人生にもたらします。
ただ、バランスは大事です。
「モテ過ぎる」のも考えものです。特に男性側です。
学生時代・社会人の若手時代でモテた友人はその後の人生の異性関係で失敗する話をよく見聞きするようになりました。
何というか「予後が悪い」ケースが圧倒的に多いです。
・社内不倫がバレて離婚、子供の親権を失う。
・独身だが女性を社員寮に連れ込みすぎて人事に目をつけられて左遷、失職する。
・社内の女性からセクハラで訴えられて左遷させられる。
・女性との関係の中で警察沙汰となり、失職する。
などなど。
という事で長い目に見れば帳尻が取れていうか、
場合によってはマイナスになるケースもあるので、異性関係にはそれなりにバランス感覚が必要なのだと思います。
反対にモテる女性の方は学生時代はイケメンを取っ替え引っ替えに遊んだものの、いぜ結婚となると堅実な男性を選んで良き家庭を築いているようなケースが多かったです。
も結婚後も遊んでいる女性を知っていますが、旦那が家庭を顧みないくらい多忙なのかわかりませんが、家庭が崩壊するまで至りません。
人間、生き物なので何歳になっても欲が尽きないものですが、ある程度の経験は大学生で一区切りとしたいものです。
私は後年、良くも悪くも後の人生に大きく引きずることになりました。
Q.アラフォーになった自分が10半ば~20代前半(大学生)の自分に何のアドバイスができるか?
■何歳になっても努力はできるが明確にリターンが大きい時期は存在する
①18-19歳までの勉強の結果から来る大学受験
②大学生までの恋愛経験
③大学生時代の難関独占業務資格の取得、留学経験
■環境の力は個人の努力を超越する
①周りに影響されずに努力継続は不可能なので、環境はよく選ぶ
②仲間は大事だが、友達は極論いらない(地元の友人と連絡を取ることはほとんどなくなった)
③脳の報酬体系は育った環境に依存する
こんな感じでしょうか。
「"その瞬間"を精一杯生きる」といえば何とも抽象的なアドバイスになりますが、「清水の舞台から飛び降りる」くらいの覚悟が欲しかったように思います。特に英語圏の年単位の留学は行っておけば良かったです。
40歳近い今となっては、学生時代の悩みなど「取るに足らない悩み」だった気もしますが、これは60歳の自分が40歳頃の自分を見ても同じ事を思うに違いありません。
それでは、また!
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